bellbell 今回は私の提案した”ラスト・シーン”なのですが、選択のポイントをお願いします。
オイカワ 今回のテーマで選んでいる最中に初めて気づいたんですが、実はぼくは映画を見るときにラストシーンってそれほど重要視してなかった。というのも、ラスト覚えてないのが多いんです。一般的に衝撃のラストシーンとか、名ラストシーンと呼ばれている作品でも、そのラストシーン自体、あんまり記憶に残ってない。で、記憶に残っているのは、いわゆる「衝撃」とか「驚愕」とは無縁のなんでもないようなラストシーンばかりなんです。そんな作品の中から、少しでも衝撃っぽいものを無理矢理選んだ感じです。だから、あくまでぼくにとっての衝撃&驚愕のラストであって、あんまり自信はありません。それぞれの作品自体は自信を持ってオススメできるんですけどね・・・
bellbell 自分で言い出したんですけど、ラスト・シーンって定義をどうとらえていいのかわかんないところあるんですよね。自分でラスト・シーンって記憶していたシーンが時間的にいうとラスト・シーンの手前のシーンだったり・・・。そういった意味でラスト近くに衝撃を受けた映画ってことでもいいと思います。
オイカワ ぼくのは完全にそんな感じですよ。bellさんの10本ながめて「あっ、やられた〜!」と思ったのが「悪魔のいけにえ」。このラストはさすがに覚えてる(笑)。
bellbell この映画は「テキサス・チェーンソー」公開記念ってこともあるんですが、それまでのホラーの常識覆すラスト・シーンだと思います。
オイカワ あ、スタートはこの作品からでいいの? bellさん話す順番に何かこだわりは?
bellbell 私のリストを見ていただければわかると思うんですが、ラスト・シーンとして選んだ映画のポイントはほとんど全部一緒なんです。”つわものどもが夢の跡” 。だからどの映画からお話しても一緒です。 (笑)
オイカワ え、何?わかんないっす。
bellbell 前回、ラブ・ストーリーやりましたよね。私としてはハードな映画を観たいって気になりまして・・・、一種のリバウンドです。で、今回選んだ映画のラストシーンに共通するのが”鮮烈な生き様””命の閃光””運命の逆転”ってなところです。
オイカワ なるほど。でも「悪魔のいけにえ」ってそういう映画だっけ(笑)
bellbell ただ単にホラーを1本入れたかっただけ (笑)。でも「エクソシスト」より「キャリー」より「オーメン」より「サスペリア」より、この「悪魔のいけにえ」。これは芸術映画だと思います。
オイカワ 芸術映画! とは思わなかったけど、とにかくこれは斬新。トビー・フーパーって凄い頭いいなって思ったね、これ見て。まず、殺人鬼がずっとマスク被ってるという設定を思いついたのが凄い。
bellbell まあ一種のホームドラマなんですけど。ねじれたホームドラマですね。最悪な状況であるはずなのに、殺人鬼を取り巻く家族を描いていてユーモアもある。悪夢ですね。
オイカワ うん、これ、後半にいくにつれてだんだん笑いをこらえられない感じになってくるんだよね。最後の方は、きっかけさえあれば、いつでも爆笑できそうっていう感じ。
bellbell 状況的にはシリアスなはずなのに、笑えちゃう。日常において人間が生活していく中でどんなことが起こったとしても、客観的に見たり聞いたりしたら ”ウソだろー” って笑い話になっちゃうのかもしれない。信じられない現実ってのを実際に起こった事件を元にこの映画で見せられて、観ている側はよくわかんなくなっちゃいますよね。で、あのラストシーン。夜が明けて、リアルな現実社会、生活が今までどおりに今日も始まる。悪夢は終わった。・・・の、はずなのに、あの仮面をかぶったクレイジーな殺人鬼はまだそこにいる。これぞ映画の中の現実じゃないかって感じました。ちょっとおおげさだけど。 (笑)
オイカワ なるほどね。そこまでは考えてなかったな。さっきbellさんがホームドラマって言ったじゃないっすか。それで思い出したんだけど、ぼく、最初に小津安二郎の映画観た時、それは「秋日和」だったんだけど、実はこの「悪魔のいけにえ」を思い出したのね(笑)。小津を観て「悪魔のいけにえ」を思い出すのは世界中で俺だけだっていう自信あるけどね(笑)。なんていうのかな、ギャグも何もないし、笑わせようって気はないんだろうけど、もう笑うしかないような世界が目の前に繰り広げられていると思ったんです、どっちも。ひとことで言えば“クレイジー”ですね。小津の映画は、俺にとっては異空間でしたね。すごく身近な世界に見えるけど、あの日本家屋は宇宙船内部のように見えた(笑)。そこで、微笑みながら繰り返し同じようなセリフを言う人たちがいる。クレイジーだ。それと同じクレイジーさを「悪魔のいけにえ」にも感じてました。
bellbell それはすごーい。でも確かに「悪魔のいけにえ」は古い家族制度をパロっているんです。しかも母親不在の強力父権制度的な家庭でね。一見オフビートに見えるけど、旧家族制度を皮肉っている・・・。70年代ですからね、従来の道徳観が覆さすような映画の1本だったと言ってもいいんでしょうね。この映画はとにかく全体のクレイジーな雰囲気と、妙にリアリスティックなラストシーン、このコントラストの妙で入れちゃいました。
オイカワ 納得です。後に続くホラーにもかなり多大な影響を与えている作品だと思いますね。ホラーは、いけにえ前、いけにえ後で分けられるような気もします。
bellbell こけおどし的なホラーなんてこの映画の前では完全に消えますね。実は「テキサス・チェーンソー」もそんなに期待はしてません (笑)。
bellbell ではオイカワさん、ラスト・シーンと言われて最初に思いついた映画ってどれなんでしょう?
オイカワ 「気狂いピエロ」です。ベタですが(笑)。
bellbell この映画のラスト・シーン、記憶に残っている方も多いでしょうね。でも私はどっちかっていうと「勝手にしやがれ」の終わり方が好きかな。
オイカワ 好き度で言うと、ぼくも「勝手にしやがれ」なんだけど、中毒度では「気狂いピエロ」の方でした。とにかくこのラストは鮮烈で。やられちゃいました、完全に。しばらく抜け切れませんでしたね。ゴダールって、印象に残るラストシーン撮るのうまいよね。
bellbell そうですね、きっとラスト・シーンを頭に置いて映画を撮っているんでしょうね。この映画のラスト・シーンは、青い海が印象的でした。
オイカワ その前のベルモンドが顔にペンキ塗るところから、海のシーンにオフで聞こえるベルモンドとアンナ・カリーナとの会話まで、しびれましたね。いい加減イカレちゃいました。
bellbell なんでしょう、私ゴダールってやっぱり今でもよくわからないんです。結局最後までしっかり観ちゃうんですけど、登場人物たちのとる行動とか理解不能。ベルモンドがダイナマイト顔に巻きつける動機って、やっぱり人生に対する絶望なんでしょうか?
オイカワ 人生っていうより女に対する絶望でしょう。あ、人生=女なのかな。
bellbell ふんふん。自殺するような人間に見えないんですけど、あの雰囲気で納得してしまうんですよねえ・・・。そんな見方でいいんでしょうか。
オイカワ 登場人物の心理は考えなくていいと思うんです、ゴダールは。ゴダールの作品って、特に60年代の作品は、ある種のパロディだと思うんですよ。ちょっと語弊はあるかもしれないけど。これにしても「勝手にしやがれ」にしても、B級犯罪映画やファムファタルものの焼き直しだと思うんです。だから女は男を裏切らなきゃいけないし、男は女を殺して自殺しなきゃいけない。それは心理的な要請じゃなくて、あくまでも映画っていう形式上の要請ですよね。だからパロディだと思うんです。だけど、その悪ふざけのようなパロディの中に、ゴダールの映画や女性に対する固有の思いみたいなものがこれでもかというほど塗り込められている。そういうところが、あのラストの鮮烈さにつながっていると思う。
bellbell 一見軽ーく生きているように見えるベルモンド、彼を自殺させるラスト・シーンを作ることが、この「気狂いピエロ 」を作ったゴダールの目的って考えてもいいんでしょうか?
オイカワ それが目的かどうかはわからないけれど、ゴダールの選択肢としてはそれしか無かったと思いますね。ぼくは、ベルモンドが死へと方向転換する時のあの唐突さ、あの速さこそがゴダールの魅力だと思うんです。あっけなさというのかな。え、マジで!?という驚き。「勝手にしやがれ」もそうですよね。追い詰めれているのはわかってるけど、実際いきなり撃たれて、いきなりヨロヨロ走り出すじゃないですか。あの唐突さですね。あれが凄いなって思うんです。
bellbell 今の映画にやぱり影響与えているんでしょうね。ヌーヴェル・ヴァーグ以降のドラマツルギーとして、今もそういう流れは残っているような。
オイカワ そうですね。後々に大きな影響は与えているけれど、それでもゴダールはやっぱりワン・アンド・オンリーだと思いますね。
bellbell じゃ、「柔らかい肌」のトリュフォーについてもお聞きしたいのですが、見送った作品の中にオイカワさんは「大人は判ってくれない」「隣の女」、私も「突然炎のごとく」があるんですよね。トリュフォーも印象的なラスト・シーンが多いってことでいいですよね?
オイカワ いいです。トリュフォーも多いです、印象的なラストシーン。ラストカットということなら「大人は判ってくれない」のジャン・ピエール・レオの途方に暮れたようなアップですが、とにかくこの「柔らかい肌」はぶったまげたので。
bellbell 走りついた遠浅の海岸に佇むレオーの表情は忘れられませんね。私、「柔らかい肌」は観ていないんです。
オイカワ そうですか。「隣の女」のラストの衝撃、ラストというかラストちょい前のドパルデューとファニー・アルダンのあのシーンに匹敵するような驚きを感じましたね。
bellbell え、あんなにビックリするようなシーンなんですかー?「隣の女」は、正直怖かったです。
オイカワ ぼくは「柔らかい肌」の方が怖かった。
bellbell へえ、「アデルの恋の物語」のアジャー二のアップも怖かったですが。
オイカワ あ、そうだね。そう言われれば、あれもただごとじゃなかったな。「柔らかい肌」は、こういうオチになるだろうということは推測できるんですよ。推測できるし、その通りになるんだけど、実際に観るとぶったまげる。聞くと観るとじゃ大違いという感じ。ネタバレしちゃいますが、主人公の中年男が若いスチュワーデスと浮気するんですね。それで、奥さんに最後殺されるんです。それだけの話しなんですが、その殺し方が凄い。
bellbell どんな殺し方なんですか?怨念たっぷりにいたぶるんですか??
オイカワ カフェかどこかで主人公が茶を飲んでるところに、車で乗り付けた奥さんが近いづいて行って、コートの下に隠してたライフルを構えて至近距離からいきなりぶっ放すんですよ。いたぶるも何もあっと言う間。最初に観たとき、思わず「ウォッ!」とか声あげちゃいました(笑)。2度目にテレビかビデオで観たときも、わかってたんだけど「ウソだろ!」と小声を出しちゃいました(笑)。
bellbell 信じられないってのは、彼女の殺意に対してですか?それとも方法?映画の展開として?
オイカワ 殺意に対してはそれほど驚かない。なんかちょっと怖そうでおかしくなりそうな感じの奥さんだから。展開上も十分あり得るからそれほど驚かない。殺す方法も口で言うとそれほど変った方法じゃないように思えるんだけど・・・。なんでしょうね。ツッコまれると答えに困るな。いろいろな要素が混じっているからだと思うんだけど、とにかく聞くと観るとじゃ大違いなんです。強いて理由を見つけると、奥さんに迷いが無いのが怖かったですね。殺意を抱いてから実際に殺すまで、彼女は迷いが無くて非常に的確な行動をとる。このあたり、セリフやら何やら少なくて、ハードボイルドなんですよ、演出が。やっぱり演出だろうな。
bellbell そういうシーン、特にラストで見せるようなシーン、台詞で説明してほしくないですよね。一瞬にして物語の結末を把握してしまえるようなビジュアル、これが印象に残るラスト・シーンとして記憶されていくように思えますね。私が選んだ映画はほんとハードボイルド。映像的にもスタイリッシュでクールな映画に偏ってしまいました。
オイカワ ああ、そういえばそうですね。ヌーヴェルヴァーグつながりでいくと、ルイ・マルの「死刑台のエレベーター」なんて、ホントうまいもんなあ。うまさって点でいうとトリュフォーよりずっとうまいよね、ルイ・マルは。ソツが無いというか。トリュフォーはもうちょっといびつな感じだからね。
bellbell ルイ・マルはちょっとカッコつけですよね。妙に冷めてる。人間に対する観かたが残酷で悲観的。「死刑台の・・・」の場合も、トリュフォーの映画と違って、ジャンヌ・モローの顔がほんと怖いんです。「恋人たち」もそうだけど、女嫌いじゃないかって印象がぬぐえませんね、ルイ・マル。
オイカワ あ、ルイ・マルってゲイじゃなかったの?
bellbell あー、そうなんですか。初耳です。でもそういう雰囲気はありますよね。女の醜い部分をこれでもかって晒す。トリュフォーの女性観と全く違うんだけど、でもこの「死刑台のエレベーター」のジャンヌ・モローの表情は絶品です。
オイカワ てっきりゲイだと思い込んでた。映画の印象のせいかもしれない。違ってたらごめんなさい。知ってる人いたら誰か教えて(笑)。ルイ・マルのジャンヌ・モローは笑わないんだよねー。笑ってるところあるんだけど、ほとんど印象に残ってない。
bellbell この映画の場合は、ジャンヌ・モローの表情が、映画のラストの伏線になっているんですよね。冷たくて険しくて、コワーイ顔の彼女が、唯一見せた笑顔。写真の中で、ですが、現像液の中でモーリス・ロネと抱き合って幸せそうな笑顔を見せて浮かび上がってくる。こりゃ残酷ですよね。映画の中では二人は一度も顔を合わせないし、モローも仏頂面。この写真を見た瞬間の彼女の気持ち、モノローグで語られているんですけど、非常にやるせない気持ちになりました。
オイカワ その通りですね。あの写真の笑顔を生かすために、ずっと冷たい暗い表情を貫き通したんだろうね。だけど、ぼくの場合、その仏頂面のインパクトがあまりに強すぎて、そっちばっかりが脳裏に残ってました。ラストの写真の表情がどうしても思い出せない。
bellbell 確かにあの表情は写真の上でだけってこともあるし、最後の最後ですからね。でもこの薄暗い暗室の中で晒された、彼女の本当の表情、彼女の生き様を凝縮したこの写真・・・。このラストシーンはルイ・マルって人のセンスが表されているようで好きなんです。
オイカワ ルイ・マルはミステリーについてかなり勉強してたんだろうし、その真髄を理解してたんだなぁと思いますね。いわゆるフィニッシング・ストロークと呼ばれる、小説で言えば最後の1、2行、映画ならラストカット、つまり最後の最後で一瞬にしてドンデン返しして、なおかつ人生や人間について考えさせるような余韻を残す決めワザを見事に繰り出してますからねぇ。
bellbell なるほどー。でもこの映画を作った時のルイ・マル、まだ25歳なんですよね・・・。相当な ”おませさん” っですよね。音楽もマイルス・デイビスなんか使っちゃって。
オイカワ そうそう。音楽の使い方も当時としてはケタ違いに斬新だった映画でしょうね。今では、あんまりそういう風には感じられないかもしれないけど。イケてる映画監督だったんだろうな。たぶん岩井俊二の100倍くらいは人気があったと思うよ(笑)。
bellbell あ、大きく出ましたね(笑)。でもあの映画を観た人は誰でも、 ”これはすごい天才映画監督じゃないか” って感じると思います。なんだか暗ーい映画をたくさん作ってね。ザジは除きますが。
オイカワ そうだね、「鬼火」なんて暗かったもんなぁ。
オイカワ bellさんのリストも暗めの作品多いっすね、「悪魔のいけにえ」を除いては。あ、でも、ぼく「if もしも‥‥」って観てないや。これ、“if”と“もしも”ってダブってるやんけー、とかツッコんじゃいけないんですよね(笑)。
bellbell 「もしも もしも」 じゃないです(笑)。これはねえ、好きなんでね、作られた時代背景やイギリスの寄宿学校の様子や、主演のマルコム・マクダウェルが。
オイカワ これ、知識としては知ってるんですが、観る機会が無かったんです。ラストは衝撃なんですか?
bellbell 衝撃というか、物語の流れ的には必然的なラストなんですけどね。反骨・革命精神たっぷりのマクダウェルをリーダーとする男の子たちがラストに学校側に反逆するという・・・。80年代頃の韓国映画はこの流れが多かったです。ラディカルでアナーキーな行動に走って終わりっていう。この映画の場合は解放感があります。マクダウェルの不敵な面構えがこの映画のすべてを表しているんですけど。
オイカワ 時代は現代ですか?
bellbell はい、60年代のイギリスですね。いわゆる 「長距離ランナーの孤独」などに代表される、”怒れる若者たち” の世代の映画なんです。イギリスの階層制度、旧体制を批判する時代の潮流です。
オイカワ ああ、なるほど。でも、その時代のイギリス映画って、あんまり観られないんですよね。トニー・リチャードソンの作品とか観たいものあるんだけどな。「if もしも‥‥」は68年だから、世界同時的な学生運動とのリンクもあるんでしょうね。
bellbell そうです。彼らの部屋には毛沢東やゲバラの写真が張ってあるんですね。革命家を英雄視してる。イギリスの私立の寄宿学校は中産階級の子息が通っていて、寄宿舎の中も古い体制でがんじがらめなんです。で、ビートルズが出てきた時代で不良くんたちは髪を伸ばし、革命に憧れる。その彼らが極端な行動に走るのがラスト・シーンです。これはもうパンクの世界です。
オイカワ どんな行動? ネタバレしても観る楽しみは減らない映画だよね。
bellbell 学校の倉庫で銃や手榴弾を見つけるんですね、彼ら。創立記念かなんかで、全校生徒、父兄、来賓が講堂に集まっている。そこを狙って無差別集中砲火、です。ほんとに人撃っちゃうところで、観てるほうも ”あ・・・?” って思う。彼らの暴力、革命に対する幻想が現実になってしまった瞬間ですから。で、一番最後に ”if もしも・・・” ってスーパーが入る。こんなラスト・シーンなんです。
オイカワ あ、なるほど、うまく出来てるなあ。でも、今、リバイバル公開とかしづらそうな映画だね。なんか「ボウリング・フォー・コロンバイン」の世界(コロンバイン高の銃乱射事件)を30年先取りしてる感じ。そういう雰囲気じゃないのかな?
bellbell ボウリング・・・、は観ていないんですけど、大人びた思春期の少年たちの精神的な未熟さと自由さ、ここらへんは普遍だと思うんです。マルコム・マクダウェルのデビュー作なのですが、既にタダ者でない雰囲気があって彼の表情を見ているだけで楽しめます。
オイカワ そうですか。60年代のイギリス映画は、ぼくにとってはかなり未知の部分があるので、これから触手を伸ばしてみますよ。
bellbell 「人情紙風船」についてなんですが、この有名な映画、私観ていないんです。
オイカワ 山中貞雄の傑作ですね。日本映画史上のベスト10とか、そういうので必ず上位に入ってくる作品です。ぼくはその手の映画評論家が選ぶような“公式ベスト10”的なものは全く信用してないけれど、「人情紙風船」は素直に傑作だと思う。
bellbell 無声映画ですか?
オイカワ 違います。トーキーですよ。
bellbell ストーリーはどういうものなんでしょう?
オイカワ 時代劇で、いわゆる長屋ものですね。ジャンルとしては“悲劇”と言っていいと思います。結果的には山中貞雄の遺作になった作品です。山中は、この作品を撮ったあとに、徴兵されて戦地で病死することになります。親友だった小津安二郎は、山中の死を知った後、数日間一言も発しなかったという逸話があります。
bellbell ラストシーンは確か、紙風船が川を流れていくとか・・・、何かで読んだ記憶があるんですけど。
オイカワ そうですね。ぼくが観たあらゆる映画の中で、最も完璧なラストシーンですよ。決まった!というようなね。それで選んだんです。
bellbell 川を流れていく紙風船を人生にたとえている、って言っちゃっていいんでしょうか?
オイカワ そういう面もあるし、主人公の運命や物語の結末を、直接的な描写で見せるのではなくて、この紙風船の動きで暗示してるんですね。紙風船のアップになる直前の、クライマックスシーンの静けさ、そしてその時のカメラの動き、それから紙風船につながるタイミングと、紙風船の動き。何もかもが完璧っす。技術点、芸術点ともに10.0、10.0、10.0、10.0・・・って感じ。
bellbell 今でこそこの手のラストシーンはよく見かけますが、この映画は1937年ですよね。この映画の叙情性っていうのは他の外国映画のそれとはきっと違うんでしょうね。
オイカワ いや、逆にぼくは、外国映画と同じ叙情性を感じましたね。外国映画一般というより、ジョン・フォードとの共通性かなぁ。「わが谷は緑なりき」を観てるときと同じ感覚ね。
bellbell あ、あの炭鉱を舞台にした映画ですか。あれは家族の絆や労働者の悲哀を描いた映画ですよね。
オイカワ うん。物語はもちろん違うんだけど、映画そのものの作りっていうのかな。市井の人たちの生きてる様から入って、人間一般の運命とかそういう深いところに到達するような作り。それから、決してそれを声高に描くんじゃない手法。リアリズムと叙情の絶妙な共存ぶり、いろいろ共通した匂いを感じるんですよね。山中貞雄は大のアメリカ映画好きだったらしいんで、フォードとの共通性あってもおかしくはないんですよ。
bellbell そんな素晴らしいラストシーンを残して戦場に散った山中貞雄っていう監督に対する思い入れもあるんじゃないですか?
オイカワ うーん、思い入れ持つほど、山中貞雄の作品って残ってないんですよ。完璧な形で残ってる作品って、この「人情紙風船」を含めて3本しかない。3本とも観ましたが、ぼくが知る限りでは、こんなにパーフェクトな映画を撮る人っていない。天才でしょうね。「河内山宗俊」っていう時代劇があるんですが、信じられないような傑作でしたね。まだティーンエイジャーの頃の原節子がヒロインで。
bellbell へえー、小津安二郎と同じくらいの世代なんですか?そうだったら戦後の日本映画の黄金期に生きていたら・・・、ってことでしょうね。
オイカワ 小津より少し年下かな。でもほぼ同世代。もしも山中貞雄が戦地で病死してなかったら・・・。もしも山中が戦後も撮り続けていたら・・・。映画史には無数の“もしも”があるとは思うけれど、山中に関する“もしも”はその中でも最も可能性を感じる“もしも”です。1950年代前半の日本映画は、世界的にもトップレベルだと思うけれど、それがもっともっと輝いていたことは間違いないと思うな。黒澤明があそこまで世界的な存在にならなかったかもしれない。
bellbell そうですよね。黒澤明、妙にスピルバーグやルーカスが持ち上げちゃって・・・、って感じがします。”日本映画はクロサワだけじゃないんだよー!” ってね。
オイカワ うん、黒澤にスポットが当たりすぎて、小津や成瀬の世界的評価が遅れた部分はあるかもしれない。結局、小津や成瀬は、現在の世界的評価を知らずに死んだわけですから。でも、「人情紙風船」、70年近く前の作品だけど、この完璧さを前にすると、70年たっても映画って大して進歩してねぇなとか思っちゃいますよ。
bellbell 今の日本映画で、果たして70年後に評価される作品があるのかってことですよね。今の映画に普遍性はないかも。
オイカワ それは70年たたないと判らない・・・。まあ、その頃は作った本人も死んでるとは思うけど、少なくても70年後の人間に向けて作る気概は持って欲しいよね。
オイカワ ところで、今ちょっと黒澤明の話題出たけど、bellさんは黒澤の映画はどう?
bellbell 昔は面白いと思って観ていたんですけど、最近見直してみるとそうでもないかな・・・って。いや、面白いと思うんですけど、小津や成瀬の映画と比べると、見直したときに新たな発見があんまりないかなーって。もともとアクションはあんまり観ていないからなのかなあ。
オイカワ ぼくはね、黒澤明の作品は、正直よくわからない部分がある。よくわからないというのは、やっぱり凄い!と思う作品と、これ何よ?という作品の差が大きいってことなんですよね。
bellbell これ何よ? って、例えば?お聞きしたいです。 (ワクワク)
オイカワ あくまでもぼくだけの評価ということで、一般化するつもり無いんですが、「天国と地獄」以降の作品全部(笑)。特に70年代以降の作品。あと、「静かなる決闘」「醜聞」「生きものの記録」「悪い奴ほどよく眠る」。そのあたりもよくわからない。
bellbell そういえばあんまり印象に残ってませんねえ。「影武者」は結構好きですけど。バッチリ決まった形だとすごく見栄えがするんですけどね、黒澤映画。
オイカワ ぼくは考えてみると、好きな方が少ないかも。好きなのはスラスラ言える。「野良犬」「七人の侍」「蜘蛛巣城」「白痴」「隠し砦の三悪人」「用心棒」。こんなもんすかね。
bellbell そうですねー、「生きる」なんかも1回観ちゃったらもういいもん。ただブランコ乗るところだけはもう1回観たいな、くらい。「蜘蛛巣城」のラストシーンはすんごいですよね。
オイカワ けっこうダルかったりするシーンも多いんだけど、後半どんどん凄くなる。山田五十鈴の奥方が発狂するあたりから後は、黒澤作品の中で最もテンション高いと思いますね。特に、“森が動く”シーンと“矢”のシーンはハンパじゃないね。
bellbell あのシーンだけ切り取って観てもすごーいって思いますよねえ。あの矢のシーンも、最近のホラー映画はたちうちできないくらい凄絶です。
オイカワ 何度か観ていて、そうなるのが判ってるんだけど、観ると毎回びっくりしちゃうんですよね。
bellbell また三船敏郎の顔がすごくってねえ。
オイカワ そうなんですよ、三船すごい。三船って決して演技派ってわけじゃないじゃないですか。どっちかというとダイコン系でしょ(笑)。でも、眼力、顔力、とにかくパワーが違う。日本人離れしてますよね。ケタ違い(笑)。
bellbell 日本人がこうなりたいって憧れる日本人像だったんじゃないでしょうか。卑屈なメガネ猿よりも、アメリカ人にも対抗できるスケールのでっかい熱血漢。全然余談ですが、長嶋茂雄にも共通するヒーロー像ではないかと。
オイカワ そうですね。「七人の侍」とか観てて思うのは、この人は役者というよりは、なんていうのかな・・・パフォーマーだな、と。そういう意味では、長嶋茂雄も野球選手のみならずパフォーマーとも言えるんで、共通点ありますよね。
bellbell この「蜘蛛巣城」はシェークスピアのマクベスですよね。世界的悲劇を日本人が映画化して成功したのは、黒澤と三船みたいなエネルギッシュな日本人がいたからこそですが、あの当時の日本の時代背景みたいのも感じられます。今じゃもう無理でしょう。
オイカワ でしょうね。黒澤は映画そのものの好き嫌いは別として、志の高さみたいなものはやっぱり凄いじゃないですか。シェークスピアは、「乱」がリア王ですよね。あと、ドストエフスキー、ゴーリキも映画化してますよね。「白痴」と「どん底」。日本では、なかなかこういうのを、映画化しようする人いないですよ。志や野心の大きさみたいなものは、ちょっとマネできないでしょう。ただ、黒澤の場合、絵にした時の迫力が突出してしまって、原作の持つテーマを伝えられているかというと疑問符がつきますが。「蜘蛛巣城」にしても、スペクタクルなところが凄すぎて、えーっとどんな話だったたっけ?という感じがする。
bellbell 確かに話の骨組みだけ使って、全然違うものに作り変えちゃってますよね。だけど、そういう有名な外国文学、文化的に土壌の全くちがうものを自分の作品に組み込んで独自な映像を作り出した。やっぱりすごい人だったんだ・・・。そういえば遺作の「まあだだよ」、淀川長治さんが ”クロサワくんは年とって、小津安二郎みたいな映画を撮りたかったんでしょうねー” って言っていたのが印象的でした。
オイカワ 黒澤、晩年に自宅で「東京物語」を繰り返し繰り返し見てたらしいですよ。
bellbell 才能ある人が年取っちゃうって寂しいですねえ。「まあだだよ」にはある意味驚きました。 ”ポカ〜ン” って感じ。
オイカワ あ、でもあの映画、今思うとそんなに嫌いじゃないかも(笑)。宴会シーンみたいなの延々やってて。あの“ゆるさ”がちょっと愛らしい。でも、それは黒澤じゃないよな・・・。「蜘蛛巣城」はぜひ、たくさんの人に観てもらって、びっくりしてもらいたいですね。途中ダルかったら、飛ばしてラストの方だけでもいいから。
bellbell そんな見方しちゃっていいんでしょうか。 (笑)
オイカワ いいんですよ。どんな見方しても、見ないよりは(笑)。
bellbell そうですね、スピルバーグなんかがあんなに尊敬しているんだから、若い人たちも黒澤映画を観て損はないですね。
オイカワ そういえば、サム・ペキンパーも確か黒澤明に影響受けたという発言してたような気がするな。「わらの犬」をbellさん選んでますが。
bellbell ペキンパー、いろんな映画考えたんですけどね。「ワイルドバンチ」も「ゲッタウェイ」も「ガルシアの首」も「ケーブル・ホーグ」もいいなあって・・・。でもこれ。ペキンパーとダスティン・ホフマン、今考えるとミスマッチにも思える二人の映画のラストが、ペキンパーの中では一番好きかも。
オイカワ 「わらの犬」は、ぼくの人生に大きな影響を与えた非常に重要な映画なんですよ・・・
bellbell これはペキンパーの暴力哲学(・・・とでもいうのかな)の理念ががはっきりわかる映画ですよね。ただやたら人を殺したり、ぶっとばしたりする映画を作ってた人じゃないんだってことがわかります。
オイカワ そうですね。この作品では、人間が暴力へと至る構造自体に、ペキンパーは目を向けていますよね。
bellbell 非暴力主義者のインテリをダスティン・ホフマンが演じているんですけど、このホフマンがいいんです。非暴力っていうより、他人に無関心な人間なんですね。彼が最後にブチ切れる。痛快です。
オイカワ そういう局面で、非暴力という理念を持っている人間がどんな行動をとるのか。二つに一つを選択せざるを得ない極限状態でね。重いテーマですよね。
bellbell 文学的な匂いもします。「蠅の王」や「二十日鼠と人間」とか。場所はアイルランドだかスコットランドだかで、アメリカからやってきた夫婦は疎外感も感じるんですよね。で、暴力を行使することでコミュニティーの一員になった、みたいな見方もできる、そんなラストシーンでした。
オイカワ まさにそうでしょう。暴力という行為自体はどう考えても正当化できないけれど、ある意味、暴力もコミュニケーションの一手段とも考えられる。ダスティン・ホフマンの非暴力主義というのは、bellさんが言った通り、他者への無関心から来るもので、そういう観点からすると、彼は閉じた人間なわけです。一方、妻のスーザン・ジョージは対照的に、無媒介的に開かれた人間で、それが暴力を招き入れてしまう原因になる。暴力という究極の方法でコミュニケーションを迫られたときに、彼はどうするのか。結果的にはコミュニケーションしちゃうわけです。それで、コミュニティから容認される。
bellbell で、最後、暗闇の中二つのヘッドライト。頭の弱い男を車に乗せて村まで送る。男が言うんですね 「帰り道がわからない・・・」。「僕もわからないんだ」と、ホフマン。にっこり満足そうに微笑むんですね。自分たちがどこへ向かっているのか見当もつかないけど、自分の中に揺るぎのないひとつの信念を見つけたって感じの表情。壮絶な暴力シーンのあとの静かな余韻と、人間って生き物の不可思議さを感じました。
オイカワ 印象的なラストですね。この映画、ぼくにとって重要な映画って言ったのは、この作品は映画を見始めた中学生の頃に観たんですが、それまで、映画監督というのをほとんど意識したこと無かったんですね。だけど、確か文芸座で、この「わらの犬」を観て、ほとんど初めてと言っていいほど、「映画には監督がいるんだ」ということを実感したんですよ。映像的なスタイルといい、描かれたテーマといい、それまで全く観たことの無い個性的な映画だった。あ、映画って作ってる人がいるんだ、作家がいるんだって。それから映画の見方が変った。監督というくくりで観るようになりましたから。もともとはスーザン・ジョージの裸目当てで観たんですよ(笑)。ところが、まったく別な意味で衝撃を受けた。ここまで映画にのめり込んだ原因を作った映画の1本ですよ。だから、スーザン・ジョージには凄く思い入れがある(笑)。
bellbell スーザン・ジョージ、かわいいですよね。インテリホフマンが ”まるで子供じゃないか!” ってイライラするんだけど、ほんとコドモ(笑)。でも男から見たらたまんない女なんでしょうね。「ゲッタウェイ」もそうだけどペキンパーは女優をエロく撮れる監督じゃないですか?
オイカワ 「ゲッタウェイ」も中学生の時、名画座で観たけど、アリ・マックグローのエロさは当時はわかりませんでしたねぇ。そう、ペキンパーって男っぽい世界を描く監督というイメージ強いけど、女優けっこういいんですよ。「ケーブル・ホーグ」のステラ・スティーヴンスも良かったしね。
bellbell アクション映画でありがちなんですが、”女を添え物” 的に描いていないんですね。女も男と同じように殴られる。「わらの犬」でもスーザン・ジョージがレイプされるところで殴られるんだけど、これは昔観た時、ビックリしました。まあ監督も意味付け持たせたくてスローモーションにしたんでしょうけど。
オイカワ あの辺のリアルさはペキンパーならではでしょうね。観る人が安心するようなイメージに流されないんですよ。
bellbell ダスティン・ホフマン、それほど好きじゃないんだけど、このインテリ役は妙に印象深くて。等身大の人間で共感できました。気弱で気取ってて自分のことばっかりで。 (笑)
オイカワ そうですね。これは良かったですね。あのルックスと役のキャラクターが絶妙に合ってたし。
bellbell みんなで狩りに行くってだまされて、一人でカモ撃ってる間に奥さん犯されちゃう。最後反撃に出たときも最初は頭脳的なことしてるんですけど、だんだん頭働かなくなっちゃって闘争本能むき出し。これはほんと面白い映画です。
オイカワ これ、bellさんの家の近くのビデオ屋とかにレンタルありました?
bellbell これはTSUTAYAにあるはずです。ビデオですけど。
オイカワ そうっすか。うちの近所のTSUTAYAには無かった。調べてみたら、セルDVDは廃盤みたいで、レンタル用ビデオも廃盤で店頭在庫のみみたいなんですよ。ビデオやDVDでいつでも観れるとか思ってたけど、そうでもなくなってきた。
bellbell DVDはすぐ廃盤になっちゃうらしいんですよね。「わらの犬」は最寄りのTSUTAYAで店頭在庫検索したらあったんで借りられたんですけど。ビデオが消耗してしまえば観られなくなっちゃう映画も多いかもしれませんよね。
オイカワ けっこう深刻な問題ですよね。最近、ビデオ屋でレンタルの在庫ダブりとか、貸し出し率悪いものを安く売ってたりするじゃないですか。のぞいてみると、けっこういい作品があるんですよ。今、買っておかないと、一生観れないかもしれないって危機感感じて、ついつい買ってしまうときがあるんですよね。
bellbell DVDでタイトルが出揃うのもまだまだ先の話でしょうからね。私、今回のテーマで探していたビデオ、前橋市の図書館で検索して、やっと見つけたんです。ちょっと遠かったけど公民館の図書室に1本だけあって・・・。嬉しかったです。
オイカワ どの映画ですか?
bellbell 「現金に体を張れ」。これくらいどこにでも置いてほしいですよねえ。
オイカワ 図書館にしか無かったの? これは、うちの近所の小さなビデオ屋にはあったな。
bellbell これは斬新でスタイリッシュ・・・、今の映画にそんな形容すると陳腐に思われるでしょうけど、すごい映画だと思います。
オイカワ キューブリックの中では、ぼくも好きな映画です。ラストも鮮烈でしたね。
bellbell 有名なシーンですよね。スターリング・ヘイドンが大金をせしめて逃走成功まであと一歩というところで、非情にもお金が舞い散る。チンケな犬一匹のせいでね。このシーンはいろんな映画にも使われていると思います。昔見た、テレビ版「ルパン三世」でもお札が舞い散ったような記憶が。
オイカワ いろんな作品で使われてると思いますよ。だけど、映像としての鮮烈さや衝撃度では、この作品が一番だと思うなぁ。ラストシーンというテーマで選ぶのに凄く適してる作品だと思います。
bellbell ホントのラストシーンは、空港から逃げ出そうとするヘイドンのカップルに、刑事と思われる二人組みが近づくってシーンなんですけどね。このシーンも空港内からドアを開けて出てくる二人組をシンメトリーな構図でカッコ良く撮っているんです。
オイカワ あ、そうそう。そうだったね。キューブリックは人気の高い作家で、いろんな批評が出てると思けど、ぼくが目にした限りで一番鋭いと思ったのは、確か作家の小林信彦さんが書いてたことだと思うんですが、「キューブリックはフォトグラファーだ」というもの。つまり“絵”から入るタイプの作家なんでしょうね。構図やカメラワークに非常に凝るタイプ。だから、いわゆるスタイリッシュでカッコいい映像が印象に残るんだと思います。
bellbell だんだん巨匠化したキューブリック、難解ってイメージが持たれちゃったかもしれないけど、この「現金・・・」はストーリーはわかりやすいし音楽もすごく印象に残る。カメラワークや脚本も、誰が観てもスゴイってことがわかるはずです。タランティーノがあれだけもてはやされるのもキューブリックがいたからでしょう。完全にパクってますから。
オイカワ なるほど! そうだね。だけどタランティーノ、「現金に体を張れ」について何かしゃべってたかなぁ? 70年代日本映画については色々しゃべってるけど。
bellbell でも誰が観ても明白(笑)。「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」・・・。一つの事件を多面的に時間を交錯させて物語を展開していく。元ネタが「現金・・・」ってことバレバレですよね。
オイカワ だよね。でも「レザボア〜」や「パルプ〜」に熱狂するなら、「現金に体を張れ」を観てからにしろと言いたいね。だって、キューブリックの方が全然スピーディーでうまいもん。観てて気持ちいいーって感じ。タランティーノは、ぼくは“のろま野郎”と呼んでますが(笑)。
bellbell うちの父、「現金・・・」大好きなくせに、「パルプ・フィクション」も喜んで観ているんです。キューブリックの通俗版、一般普及版って感じがいいんでしょうかねえ。このヘイドンのカッコ良さなんてタランティーノ映画の登場人物ではあり得ないことなんですけど。
オイカワ あははは。お父さん、面白いですね。スターリング・ヘイドンって、地味な役者じゃないですか。そんな役者から、あれだけカッコ良いイメージを引き出したっていうだけでも凄い映画だよね。
bellbell クール系おっさん好きの私にとっては、ヘイドンにしびれました。映画のトーンにあわせて、淡々と冷静で、頭脳的に仕事を進めていくんですよね。ピエロのお面を被るっていうギャップがまたよくて。お金が舞い散った後の肩を落とすシーン。・・・ホントに肩が落ちてるんです。 (笑)
オイカワ ぼくも、スターリング・ヘイドン結構好きで、もっと歳とってから出たアルトマンの「ロング・グッドバイ」やベルトルッチの「1900年」なんかも素晴らしかったですよ。クール系おっさんというよりは、ワケあり寡黙じいさん(笑)という感じでしたが。
bellbell そうですよね、どちらかというと最近の枯れた感じのヘイドンが印象的なので、1956年の才気あふれるキューブリックの2作目に出ていたってのが意外。ヘイドン以外の生活に疲れたショボいおっさんら、彼らの妻や女たち・・・、地味な感じだけどいいキャラでした。
オイカワ そうそう、全体的に役者が地味目で、ローコストで撮った雰囲気が漂っているんですが、そういうところが逆にしびれた。これ、話してたら、いろいろ思い出してきて、すげぇ観たくなってきた。今日にでもビデオ借りてきて観直そうっと(笑)。ホントにこれはオススメです。
bellbell これだけは言っておくけど、こういう映画くらいどこのビデオ屋にも置いておいてほしいです。
オイカワ ほんとそうだよ。監督キューブリック、誰が見ても面白くてカッコいい、役者も最高。オススメする要素しかないのにね。これもレンタル用ソフトは廃盤なんですよ。だから、在庫なければアウト。セルDVDは限定版1869円っていうのが昨年の秋に発売されてるけど、限定版っていうだけあっていつなくなるかわからない。誰が観ても面白いであろう映画が、もう、ビデオやDVDでも簡単には観れなくなりつつあるんですよ。なんとかしないと。世のため自分のために(笑)。
bellbell これだけ映画を映画館やレンタルビデオで観る人がいるんだから、公共機関の図書館なんかもアーカイブに力入れて欲しいですよね。この「現金・・・」は1956年。オイカワさんの挙げられたフォードの映画も同じ年ですね。
オイカワ あ、ほんとだ。「捜索者」、傑作です。フォードの晩年の作品ということになるんですね。
bellbell これ、フォードの映画のなかでもちょっと毛色が変わってるって印象なんですけど。どんなラスト・シーンでしたっけ?
オイカワ ジョン・ウェインは南北戦争に従軍した男で、もともとインディアンを憎んでいるんだけど、彼の弟夫婦一家がコマンチ族に皆殺しにされて幼い末娘は連れ去られる。ジョン・ウェインは復讐の鬼になって、自分の姪っ子を連れ戻すためにインディアンを追い続ける。最後についに探し出すんですが、姪っ子はもうティーンエイジャーに成長してる。だけど、憎っくきインディアンに育てられて成長したから、見た目は白人だけど、内面的にはインディアンと同化してるんですね。
bellbell あ、そうそう。この成長した娘、ナタリー・ウッドなんですよね、かわいかったー。
オイカワ そうですそうです。それで、人種偏見に凝り固まったジョン・ウェインは、すっかりインディアンとして成長してしまったナタリー・ウッドをどうするのか? 彼女を見つけて追いかける。彼女は身の危険を感じて洞窟のようなところに逃げまくるんです。でも追い詰めてつかまえる。必死に抵抗するナタリー・ウッド。つかまえて抱きかかえて洞窟から出てくる。手足をばたつかせて抵抗するナタリー・ウッドにジョン・ウェインは、こう言うんですね。「家へ帰ろう」って。
bellbell すごい執念で探し続けた娘ですからね・・・。
オイカワ 話してるだけで鳥肌立ちましたが。自分で勝手に感動してる(笑)。もう、この、ナタリー・ウッドを抱き上げて家に帰ろうっていうシーンがね。なんとも言えず、泣けるんですよ。ジョン・ウェイン演じる男は全てにおいて人種偏見がモチベーションになってるんで、頭の中では納得しかねる物語ではあるんですが、それでもあのシーン見ちゃうと、「もうどうでもいいや」と。泣いてしまおうと。非常に自堕落な気持ちになる(笑)。
bellbell ジョン・ウェインの欠点をうまくキャラに反映させてるんですねえ。
オイカワ うまい言い方ですねぇ(笑)。なんかね、これはちょっと不謹慎な話なんですが、一昨年、北朝鮮に拉致されてた人たちが帰国しましたよね。あの空港での家族との再会をテレビで見てて、「捜索者」のラストを思い出しちゃったんですよね(笑)。アホかって感じですが。
bellbell なるほど、なんとなくイメージはわかります(笑)。この映画ではすごーく長い時間かけてウェイン探し回るんですよね、自分のポリシー持って男らしく。しかしその結果・・・、っていうのがラストに集約されていて、それまでのジョン・フォードの映画と少し違った感じで終わりました。
オイカワ 何年探し続けたのかは、はっきりは思い出せないんですが、6、7年は探し続けたっていう設定だと思うんです。これはジャンルとしては、西部劇なんですが、ドラマの骨格の部分は家族を取り戻すというテーマがあるから、ちょっと違う印象があるんだと思うんですよ。だけど、フォードって、もともとホーム、つまり家族を大きなテーマにしてるんで、一貫性はあるんです。
bellbell あ、そうですよね。離散した家族をまた元に戻す。家族一人一人の意思に関係なく、ウェインみたいな強力マッチョな男が、有無を言わさずその目的達成のために行動を起こす。”オレの言うとおりにしてれば間違いないんだ” って。その男にもジレンマを感じさせるところが深いですよね。
オイカワ ナタリー・ウッドがインディアンと同化してるっていう足かせを作ったところが、深くなった要因だと思います。ただ連れ戻すってだけじゃね、何それ?ってもんで。これ、本当のラストシーンは、この後にあって、ナタリー・ウッドを連れて帰った場所っていうのが、かつて殺された長女、つまりナタリー・ウッドの姉の婚約者の家なんです、確か。その婚約者の母親がナタリー・ウッドを抱きしめる。本当の血のつながった家族じゃないけど、新しい家族がそこで作られるとことを予感させて終わるんですね。で、ジョン・ウェインは去る。家の扉を空けると晴天の外が見えて、逆光の中シルエットになったウェインが出て行って、扉が閉まるところで終わるんです。
bellbell この映画、ロケーションもすごく良かったって記憶があるんですけど。物語としては皆殺し皆殺し、みたいに殺伐としてハードだけど。
オイカワ それが一番かもしれない。フォードの描く西部の風景は、一度見たら、永遠に頭から離れないような種類のものなんですよね。ヴェンダースの「パリ、テキサス」とかピーター・ボグダノビッチの「ペーパー・ムーン」とか、風景を描くときはみんなフォードの呪縛から抜け出せないなぁと痛感しました。
bellbell 今はなんでもCGに頼る傾向があるけど、この頃の映画にまがい物はないですからね。リアルでスケールの大きな映画を観たかったらフォードの映画がいいですよね。
bellbell じゃあ「夕陽に向って走れ」でしょうか。「捜索者」つながりなんですか?
オイカワ 「捜索者」はもちろん傑作なんですが、インディアンを追う白人の視点から描いた作品で、ある意味、一方的な部分はあるんですね。だから、反対に白人に追われるインディアンの視点から描いた映画を入れようと。その辺のバランスをちょっと考慮しまして。もちろん作品自体も、そしてラストも素晴らしいから入れたんですが。
bellbell 私はこの映画観ていないんですけど、ロバート・レッドフォードがインディアンの青年なんですか???
オイカワ いえ、レッドフォードは追う保安官です。インディアンはロバート・ブレークとキャサリン・ロス。レッドフォードは誰がどう見ても白人でしかないですからね。まあ、ロバート・ブレークとキャサリン・ロスをインディアンにキャスティングするのも大胆と言えば大胆ですが。レッドフォード&ロス、そしてこのタイトル、当然、“あの映画”との類似性を指摘されそうですよね。
bellbell ”向かって撃っちゃう”映画ですね。レッドフォードが追う立場になって、追跡と逃亡・・・。この映画は実話を元に作られたらしいですが、ネイティブ・アメリカンの問題が取り上げられているんでしょうか。
オイカワ ネイティブ・アメリカンの問題をダイレクトに取り上げたというわけではなく、脚本・監督のエイブラハム・ポロンスキーが、そこに、“ある思い”を託した映画なのかなという気がします。ポロンスキーという人は40年代〜50年代初頭にかけて、その才能を非常に期待されてた映画人なんですが、この「夕陽に向かって走れ」までの長い期間、表舞台からの退場を余儀なくされた人物なんですよ。それは、いわゆるマッカーシーイズムが原因なんです。端的に言っちゃうと、赤狩りの犠牲者です。
bellbell なるほどー。ハリウッドに復帰して作った作品なんですね。赤狩りの被害者たちは、不遇の時期を経てしたたかにメッセージ込めて映画界に復帰しましたからね。で、ラストはどういったシーンなんでしょう。
オイカワ レッドフォード演じる保安官が、ロバート・ブレーク演じるインディアンの青年をついに追い詰める。崖のような急斜面での対決になるんですね。最終的にはレッドフォードはブレークを撃ち殺す。だけど、ブレークの銃を見たら、もう既に弾は残ってなかった。
bellbell 目に浮かびますねー。追跡劇でよく見られるのが、追うものと追われるもの、時間が経過していくうちに、不思議な絆みたいなものが生まれますよね。そのシーンの話を聞いて、ふと「ブレードランナー」を思い出しました。
オイカワ 追う立場のレッドフォードが暗いんです。暗いというかクールというか。いかにもお仕事でやってますという雰囲気。イケイケドンドンじゃないんですね。そこがリアルな感じがしたな。このラスト、むなしいんですよ非常に。
bellbell インディアンに同情しているんでしょうね。さすがレッドフォード、自分のイメージ大事にしてますね。目的が達成されたのに虚しさが残るんですね?
オイカワ ロバート・ブレークは結果的に人を殺してるから犯罪者なんですが、偶発的なものや正当防衛的な犯罪なんです。だけど、釈明の機会も余地も全く無い。差別でね。もう恋人のキャサリン・ロスを連れて逃げまくるしかないわけです。そのうち風評で、どんどんとんでもない極悪人という話が広がる。白人サイドとしては吊るすしかない。むなしいです。
bellbell 白人ならともかく、インディアンですからね。声高に民族差別を謳うのでなく、逃げ回った末に死んでいくブレークの姿を通してヒューマニズムが感じられる映画なんでしょうね。
オイカワ このむなしさは、めちゃくちゃアクチュアルだぞ、という気が・・・現在の状況と照らし合わせても。アメリカの偉い人たち「真昼の決闘」じゃなくて、これ観ろと言いたい。あと、逃げるとき、2人がマジで全速力で延々走るんですけど、そこが凄かったな。キャサリン・ロスの走りが目に焼き付いちゃって。
bellbell あ、面白いですね。西部劇で全力疾走・・・。この映画は西部劇が下火になりつつあった69年の映画ですが、アメリカン・ニューシネマっぽい映画でしょうか。
オイカワ 観終わったあとのむなしさなんか共通性あると思います。でも、いろいろなアメリカンニューシネマより全然うまいし、迫力あります。それから、これはトリビアなんですけど、去年死んだエリア・カザンが最晩年にアカデミー名誉賞を受賞しましたよね。
bellbell ええ、賛否両論の嵐でしたよね。
オイカワ 裏切り者をハリウッドがついに許したとか、いや絶対に許すなとか、色々ありましたけど、あのアカデミー賞の授賞式の日、会場の前にカザンの受賞に反対する人たちが集まってデモみたいなことしてたらしいんですね。その先頭にポロンスキーがいたんだって。許してなかったんだね・・・。当事者だけに重いです。
bellbell 追放された当事者が、いまだに恨みを持っているんですから、カザンは相当悪いヤツだったんですねえ。映画自体はすごく好きで、「草原の輝き」のラスト・シーン・・・、ナタリー・ウッドの白いワンピースなんかいいなぁって考えたんですけど。 (笑)
オイカワ ポロンスキーもそのあとすぐに亡くなり、カザンももういない。才能ある映画人2人を死の時まで、まっぷたつに引き裂いてしまったんだから悲劇ですよ。むなしいです、赤狩り・・・。暗くなってきたから次行きましょう。
bellbell 追跡つながりで、「ジャッカルの日」、話したいんですけど、この映画最近見直したら、すんごーく ”地味” なんです。今の映画にはありえない地味さ。でもやっぱり面白かったです。
オイカワ ぼく、これもう15、6年は観直してないと思うけど、前に観たとき既に地味だと思ってたよ。フォーサイスの原作は読んだんだけど、小説の方が派手だった(笑)。
bellbell 私も小説、好きでした。本の装丁も気に入ってました。当時はスパイ小説で映画化された作品、原作読んで、映画観て、してましたから。「針の眼」や「鷲は舞い降りた」面白い映画が多かったですよね。
オイカワ 「針の眼」は面白かった。シブかったね。スパイもの、今じゃあんまりないよなあ。やっぱり、アメリカと当時のソ連の対立があったからこそ、成立したんだろうな。ベルリンの壁崩壊以降、スパイものはギャグやパロディばっかりになちゃったもん。
bellbell もう時代は”猟奇殺人”なんでしょうね (笑)。この「ジャッカルの日」、ドゴール暗殺を狙うジャッカルとそれを追うフランス政府、警察の動向をドキュメンタリーのように淡々と丹念に描いていきます。最後にジャッカル、撃ち殺されるんですけど、最後らへんまで来るとつい ”ジャッカルがんばれー” って応援しちゃっている私がいます。
オイカワ ぼく、「ジャッカルの日」を観たあとに、コッポラの「カンバセ−ション…盗聴…」を観たんだけど、感触が凄く似てた。
bellbell 緻密さが似ていますよね。ある目的に向かってコツコツ地道に仕事をこなしていくスペシャリスト。「ジャッカルの日」はスパイと大統領を警備する側、双方のエピソードをモザイクのように構築していって、最後に対面。今まで積み上げてきた積み木が一瞬にして壊されたようなエドワード・フォックス(ジャッカル)の殺され方。遺体の埋葬に一人立ち会う刑事。それまでの地味さと最後の決着のつけ方のコントラストがすきなんです。
オイカワ ジャッカルの仕事は、途中、想定外のことはあっても、ほぼ完璧に進んでたからね。うまく警察の追跡もかわして。もうこれで完全にドゴールしとめたっていう瞬間だから。あれ、照準定めるビルみたいなところに入るときって、変装か何かしてませんでした?
bellbell そうそう。パリに潜入してからのジャッカル、何をしていたのか描かれていないんです。で、式典(暗殺予定日)当日に、やっとジャッカルが再登場。戦争で片足無くした老人に変装していて、観てるほうもちょっとびっくり。ジャッカルが暗殺のために用意していたけどなんに使うのかわからなかった小道具の、タネ明かし的ないでたち。面白いなーって感心しました。
オイカワ ああ、そうだそうだ。傷痍軍人だ。そう、ああいうところうまいんだよね。あ、そう使うんだって。それでまた別の映画思い出したけど、「タクシー・ドライバー」のデ・ニーロがカーテンレールとかギコギコやって、銃を隠す装置作るとことか相通ずるものがあるな。暗殺ものって面白いよね。好きだなあ。いろいろ作戦考えて、手仕事的に細工して、それどうすんだよ?と思ってたら、いやぁ、そう来たか〜!っていう楽しみ(笑)。
bellbell そうなんですよね、そこが醍醐味でしょう。計算尽くされて完璧に思えた計画も、ほんの小さなミス一つで脆くも崩れ去ってしまう。ここらへんをあまり仰々しくなく、思わせぶりな演出もなく、感情移入するでもなく、物語を展開していくクールさが「現金に体を張れ」にも通じるところなんですが、私好みなんです。
オイカワ わかりますよ、その感じ。ぼくも大好きだな。これは、ジャッカル役のエドワード・フォックスが、いい男なんだけど地味で(笑)。映画によく合ってましたね。“匿名さん”って雰囲気が出てた。
bellbell イギリス紳士っぽくて女性にもモテモテなんだけど、パーソナリティーがまったく描かれていないんですよね。ただ几帳面で凝り性で冷酷だってことはわかりましたが。
オイカワ そうそう、いかにも英国人って感じね。これ以外だと、そんなに強い印象残ってる映画ないんだよね。ピーター・イエーツの「ドレッサー」くらいかな、ぼくが印象に残ってるの。
bellbell ジェームズ・アイヴォリーの映画のイギリス人像っていうのも、ちょっと”絵に描いた様”なイギリス人なんです。アンソニー・ホプキンスのね。まあもともとアイヴォリー、イギリス人じゃないし、欧州文化に対する憧れで映画作ってる印象もあるんですが。
オイカワ ぼく、アイヴォリーちょっと苦手かな(笑)。ブリティッシュ・フレイバー(笑)なら、さっき言ったピーター・イエーツの線が一番好きかも。あんまり気取ってないんだけど、アメリカンでは出せない味がじんわり出てて。あ、話、脱線ちゃったね。
オイカワ では、暗殺つながりで、ベルトルッチの「暗殺のオペラ」いきましょうか。
bellbell 私、昔観たんですけど、よくわからなくって記憶も定かでない映画です。 (笑)
オイカワ これは確かに、難解と言われてもしょうがない映画です。ぼくも最初よくわからなかった(笑)。でも、インパクトは凄かったです。
bellbell 映像のインパクトですか?話はファシスト関係じゃなかったですか?
オイカワ ファシズムがテーマで、映像のインパクトも凄いんだけど、語り口のインパクトも。これ、難解でストーリーわかりづらい印象受けるのは、複雑な語り方をしてるからだと最初は思ってたんですが、後から考えてみると、実は、ものすごーくシンプルな語り方してるから、それで話がわかりづらくなってるのかなと思い当たったんですよ。結構入り組んでる謎があるんだけど、その謎をセリフとかで、丁寧にきっちり絵解きするんじゃなくて、ボワーンと投げ出すというのかな。はっきり言えば説明不足(笑)なんだけど。
bellbell ドキュメンタリーっぽく撮ってませんでしたか?
オイカワ うん。父親の死の謎を解こうと探りまくる息子の一夏のドキュメンタリーとも言える。
bellbell もうちょっと後になると、ドラマチックな要素も加わって観やすいんですけどね、ベルトルッチ。ラストシーンはどんなでしたっけ?
オイカワ これね、最初に見た時、とにかくラスト衝撃でしたよ。主人公の父親というのが、昔、反ファシズムの闘志で、ファシストに暗殺されて英雄視されてる男なんですね。その最期の地になった村に、主人公が汽車に乗って訪れるのがファーストシーン。それで、夏の間、父親の死の秘密をさぐって、ついに真相をつきとめた主人公が、その村を去るところがラストシーンなんです。駅に行って汽車を待つけど延々来ない。カメラが線路を映し出すと、錆び付いて草で覆われてるんですよ。主人公は、つい1カ月前くらいに、汽車でその駅に来てるにもかかわらず・・・
bellbell これ・・・。オイカワさんはどういうふうに解釈しました?
オイカワ 最初は時間が止まってるのかなあと思った、ごく単純に。次に考えたのはハイブロウな夢オチ(笑)。すべて幻だった、と。でも、今はちょっと違って、主人公死んでる説です。もうちょい詳しく言うと、息子=父親という解釈です。映画の中で、若いときの父親を知ってる人が、この主人公を“生き写し”とか言うんですよね。それと、名前が同じなんですよ、父と息子が。20数年後に息子が秘密を探るという構造は、めくらましみたいなもんで、実は自らの死の理由を探っていた幽霊話という理解です。
bellbell 最初、主人公が町に来た時、みんな驚くんですよね。そっかー、何回観ても理解できるかどうかあやしいけど、ラストの草ぼうぼうの駅のシーンがポイントになるんですね。説明なくて絵だけで見せちゃう・・・。
オイカワ ぼくの解釈が正しいとすると、この映画、終わりが無いんですよ。反ファシズムの英雄が自らの死の謎を探る。だけど、この英雄は最初から自分の死の真相を間違いなく知ってるはずなんです。だって、この英雄の暗殺劇、自作自演なんですから。完全にネタバレですけど。ムッソリーニ政権が彼を虐殺したと村中の人は信じてるんだけど、実は違う。彼を殺したのは、反ファシズムの同志なんです。なぜかというと、彼がムッソリーニ暗殺計画を密告したからです。そうすれば、同志たちは裏切り者の彼を絶対殺すだろう、しかも、ファシストの仕業として。それによって村の人たちに反ファシズムの意識を植え付けるというプロバカンダなんですね。だから、彼が自分の死の真相を知らないはずがない。なのに探る。それはなぜなのか? ここまで来ると、ぼくもよくわかんなくなります。メビウスの環みたいに終わりがない。
bellbell 自分の死の真相を自分で探っているんですね。自分の行き方と死に様を繰り返すのは悪夢だろうけど、複雑な人生を送らざるをえなかった人間のアイデンティティーを追求した映画かもしれませんねえ。今ちょっと思い出したんですが、駅や電車を使ったラストシーン・・・、ミハルコフの「愛の奴隷」、チェコ映画「運命を乗せた列車」など、すごく印象的です。
オイカワ ぼく、どっちも見てないです。でも、確かに、駅というのは映画にとって重要な舞台ですよね。
bellbell ミハルコフ映画はスパイ活動をした有名女優を乗せて疾走していく列車、ソ連の社会主義時代の到来を予見させるラストシーン。「運命を乗せた・・・」のほうはナチス抵抗運動に参加した操車係のアナーキーな少年の話。両方ともすごくいい映画です。駅や電車って独特な詩情がありますね。「レインマン」も駅の別れのラストシーンでしたか。
オイカワ そうですね。メロドラマ系でも駅や汽車は定番ですけどね。「暗殺のオペラ」の駅は、かなり味わいが違いますけど。それと、この作品、映像が素晴らしいんですよ。話がわからなくても画面見てるだけでももう満足、うっとりです。スクリーンから水が滴る感じ。匂いまでしてきそうな画面ですよ。カメラはヴィットリオ・ストラーロです。
bellbell ベルトルッチ映画の素晴らしさ、ストラーロのカメラに負うところが大きいでしょうね。光や影の扱い、色合いなどがほんと独特で繊細。「暗殺のオペラ」はモノクロームじゃなかったですか?
オイカワ これは、カラーです。「美しい」というのと、また違うんですよね。現物を見てくださいとしか言いよう無いけど。でも「暗殺のオペラ」はなかなか見れないと思うんで、ベルトルッチ&ストラーロコンビの他の作品に当たってください。「暗殺の森」「ラストタンゴ・イン・パリ」あたりなら、見れると思いますんで。
bellbell 抵抗映画っていうとワイダっていう印象があるんですけど。ワイダ映画の中でも鮮烈で青春っぽくてもの哀しい「灰とダイヤモンド」、ラストシーンは何回観てもいいです。これも実はラストシーンで汽笛の音が聞こえてくるのですが。
オイカワ 聞こえましたねー。これはかなり昔に見たっきりですね、ぼく。これと「地下水道」。今になると、「地下水道」の方をよく覚えてたりするんですが。
bellbell 「地下水道」も、すごく好きです。詳しいことはだいぶ忘れちゃったけど、地下をみんなでウロウロして出口探して。この映画の続編扱いなのが「灰と・・・」なのですが、チブルスキーが好きなので選びました。
オイカワ かなりカッコいいですからね、あの死に方といい。これと勝負できるのは「勝手にしやがれ」のベルモンドの死に方くらいでしょう。
bellbell そうそう、共通するものがありますね。カッコよくて女にモテて、でも自分の今の状況にはなんだか不満や疑問がある。自分らしく生きたいと願う。だけど彼らに待っているのは孤独な死で、、叶わなかった夢や愛した女性、人生そのものへの執着が感じられる死に様ですね。
オイカワ でも、「勝手にしやがれ」は政治的なバックボーンが無いから、もっと刹那的な感じだね。60年代安保世代に訴えるものってすごかったんだろうなと思った。
bellbell 「灰と・・・」も青春映画といってもいいでしょう。運動と恋愛のはざまで微妙にチブルスキーの気持ちも揺れる。普通の人間なら当たり前のことなんですが、当時のソ連共産主義体制化のポーランドにおいては個人よりもイデオロギーが優先される。彼の死にやりきれない思いを感じる人も多いでしょう。よろめきながら、ちょっと薄ら笑いを浮かべて歩き、ゴミ捨て場に倒れこむマチェク。一個人の存在価値の薄さを象徴しているようで哀しかったです。
オイカワ ぼく、勉強不足で、この物語当時のポーランドの政治状況が今イチつかみきれてないんですよ。チブルスキーが演じた男っていうのは、戦争中は対独地下運動をやってる組織の人間ですよね。その組織っていうのは、要するにポーランド自由化運動をやってる組織ってことなのかな。
bellbell 「地下水道」では反ナチスのパルチザンでした。ドイツ降伏後、彼らはポーランドの自由化を目指すグループに転向して、ワルシャワを訪れたソ連共産党のエラい人を暗殺する計画を立てる。その仕事を任されたのがマチェクです。
オイカワ ああ、なるほど。結局、鉄砲玉ってことか。
bellbell そうですね。反ナチの時代を共に闘った同志が、「灰と・・・」ではグループのリーダーになっていて、マチェクに「暗殺しろ」って命じるんです。非情だなーって思ったけど。自分には好きな女ができたから、もうこんなことはやめるって、女の子と逃げようとも思うんだけど、結局断れない。マチェク最初から最後までサングラスかけっぱなしで、それは相手に自分の心情を読み取られないようにする自己防衛だったかもしれません。地下水道で死んでいった仲間に対する哀悼の意味もあるかもしれないけど。
オイカワ やっぱり「灰とダイヤモンド」といえば、サングラスとラストだよな。この映画は、その後のいろんな映像作品のモードを作った映画ですねえ。サングラス=イケてる、というモードはたぶんこれのチブルスキー以降の現象だろうな。あと、ラストでドラマチックに死ぬというモード。「太陽にほえろ」の若手刑事の死に方も、これの影響下にあるんじゃないか。花火、シーツといった小道具(?)の効果的な使い方も、これが元ネタなのかも。
bellbell マチェクが撃たれて死ぬ時、干してある真っ白いシーツに自分の流れ出す血を塗って、匂いを嗅ぐ。「なんじゃこりゃー」のジーパンですね。あと教会での射殺シーンもカッコよく撮ってます。どっかの壁に書いてあった「灰とダイヤモンド」の詩、花火・・・。ワイダも結構映像に凝ってますよね。
オイカワ 教会での射殺シーンって最初の方だっけ?
bellbell そうです。撃たれた人 (誤射なんだけど) が教会のドアに倒れこむシーン。
オイカワ あっ、それって「灰とダイヤモンド」だったか。シーン自体は覚えてたけど、この映画ってこと忘れてた。ドアが開いてキリスト像かマリア像か何かがさかさまに見えるのってこの映画?
bellbell そうです。短いショットでつないで、私も見直してみて、あ、こんなカッコいいシーンあったっけって思いました。
オイカワ これだったのかぁ(笑)。キリスト像か何かがさかさまに見えるのはインパクトあって覚えてたんだけど、何の映画か思い出せないでいた。勝手にブニュエルの映画のワンシーンってことにすりかえてましたよ(笑)。
bellbell 確かにブニュエルぽいかも。「地下水道」が閉塞的だったのと対照的に全体的にこの映画、いろんなシーンが印象的に盛り込まれている気がします。マチェクと恋人のベッドシーン・・・、というかベッドでの会話も良かったです。
オイカワ その辺は全く覚えてないなぁ。なんかいいセリフとかありました?
bellbell 忘れちゃいましたが、すごい状況の中でそんなことしてるのに、なんかリアリティーあってラブラブで、いいなって思いました。 (笑)
オイカワ そうですか、いいですねそれは(笑)。そういえば「勝手にしやがれ」のベッドでのベルモンドとジーン・セパーグの会話も印象的でしたね。どうも、「勝手にしやがれ」とワンセットで考えがちだけど、それだけ鮮烈な映画だったということなんでしょう。
bellbell やっぱり似てますよね。この2本を一緒に見比べるのもいいでしょう。青春映画としてね。
bellbell 私、「やさしい女」って知りませんでした。
オイカワ これ、ドストエフスキー原作ですよ。読んでないけど。
bellbell へえー。全然知らなかったです。でもブレッソンとドストエフスキーならば絶対いい映画だってコトは観ないでもわかります。 (笑)
オイカワ ぼく、これ字幕無しで観たんですけど、全く問題なかったです(笑)。
bellbell ブレッソンは字幕あるなし関係ないですよね。そういえば「ラルジャン」もトルストイ原作でした。ブレッソンとロシア文学、通じるところがあるのかもなあ・・・。
オイカワ 何か、人間の根源的な部分を扱ってる小説が多いからじゃないですかね。そういうものにブレッソンは触発されたんじゃないでしょうか。この「やさしい女」もなんてことない話なんですけどね。だけど、観終わった後、こりゃとんでもないもん見ちまったなという気がするんです。
bellbell ブレッソンの映画って、どの映画でも観終わった後にそういう感想持つような気がします。 (笑)
オイカワ ですよね。なんでだろうな。そんなに特殊なことしてるわけじゃないのに、恐ろしいものを見てしまったという気がしてくる。登場人物も少なかったりして、ミニマムな映画だなと思いながら観て、観終わったあと、いやあ、実はとんでもなく巨大なものの一部に触れさせてもらったという気がしますね。この「やさしい女」もそんな映画です。漠然とした言い方ですが。
bellbell こんなこと現実にはありっこないって感情的には引いて観ているんですけど、ラストで急に現実に引き戻される、リアルな経験を映画でしたような気になっちゃうんです、ブレッソン。
オイカワ そうですね、まさにリアルって言葉が一番ぴったりだな。「やさしい女」はどのシーンも凄いんだけど、ラストはとにかく尾を引きますよ。
bellbell あー、聞きたいです。
オイカワ 質屋を営んでる男がいるんですよ。その質屋に若い女が質草持ってくる。この若い女を演じてるのがドミニク・サンダです。たぶんこれ、ドミニク・サンダの映画デビュー作だと思います。何度か訪れるうちに親しくなって結婚するんですね。だけど、この若い女っていうのは、神経症的というのかな、かなりデリケートな女なんですよ。で、まあ、2人の間に感情的な齟齬や嫉妬があって、女は病気になっちゃう。病気治ったら女は少し明るくなるんです。前向きになる。男は安心して仕事がらみで、家を空ける。その間に女は2階から飛び降りて自殺しちゃう。細かいエピはともかく、これでストーリー全部話しちゃいました。でも、話知ってても、観たときの衝撃は全く減らないと思いますよ。
bellbell なんかイメージしやすいです、これぞブレッソンですね。結末のつけ方が。主人公、この場合だとドミニク・サンダの考えていることが簡単には理解できないような結末ですね。
オイカワ 理由を想像しようと思えば色々想像できるんだけど、そんなこと想像するヒマもないほど、自殺のシーンの映像にはノックアウトされますね。バルコニーにイスを置いてその上から飛び降りるんですよ。飛び降りる瞬間の映像は無い。あるのは飛び降りた直後、イスが揺れている映像だけなんです。それで、その後、外の地面に倒れている女の体の一部だけが映される。確か脚だったと思います。あ、手かな。とにかく体の一部だけが映る。そしてそこに人が集まってくる気配、足音やざわめきだけがオフで聞こえてくる。そこで終わりです。これにはノックアウトされました。しばらくこの映像と音の連鎖が頭から離れなくて・・・
bellbell わかりますわかります。「少女ムシェット」も同じようなラストでしたね。観ている側は何が起こったのか、情報を映画から直接得るんじゃなくて、いろんな要素から推測して、 ”あ、死んじゃったんだ” って。この演出方法がのちのちまでの余韻を引きずるんですよね。
オイカワ いつも考えるのは、ブレッソンって、対極的な概念を同時に表現できる映画作家だなあということなんです。「繊細かつ凶暴」とかね。「凶暴さを繊細に表現する」というのは違うんですよ。あくまでも「繊細かつ凶暴」なんです。繊細さと凶暴さを同時に表すことができる人だと思うんです。
bellbell おっかないんですよね、どの映画観ても。普通に見える人がとんでもない行動に出る。その行動に出るまでの動機をわかりやすく描写していないので観ているほうはちょっとビックリしちゃうんですけど、映画自体は何事もないように淡々と話が進んでいく。ふと今思ったけど、北野武もきっと観てますね、ブレッソン。
オイカワ ああ、なるほど! 似てますね、確かに。「ソナチネ」なんて特に。ヨーロッパで北野武が受ける下地はあるわけか。でも、フランス本国でブレッソンが受けてるとは思えないけどな。確か「ラルジャン」がカンヌに出品されたとき、グランプリが今村昌平の「楢山節考」のはず。そりゃないよなあ(笑)。
bellbell 「ラルジャン」!・・・。おそらく武は観ているはずです。ああいう映画を作りたいと思っているはずです。
オイカワ あれはとんでもない傑作だよ、ほんとに。あと、ひとつ言いたいことは、厳格な映画を撮ってると思われがちだけど、ブレッソン、実は凄くエロなんですよ。あ、「厳格かつエロ」です。「ムシェット」もそうだし、「バルタザールどこへ行く」のアンヌ・ヴィアゼムスキーや、この「やさいしい女」のドミニク・サンダを観ると、ああ、これがエロっていうのか・・・と初めてエロを発見したような気になる。
bellbell 確かにエロティシズムのかたまりです。人間・・・、というか生き物がむごく描かれますよね、虐げられる姿が。「ジャンヌ・ダルク裁判」もそうですけど、その虐げられる対象への憐憫がエロにつながっている。ちょっと怖いけど、人間の本性ってそんなもんではないのかなって、観る度に思います。
オイカワ なるほどー、憐憫ね。ぼくはごく単純に「これがほんまもんのエロや〜」と感服したにとどまってました(笑)。ブレッソンについて話し始めると時間がいくらあっても足りないような気がしてくるんで、次にいきましょうか。どうせ、ブレッソンは今後もほかの映画とりあげるでしょ、お互い(笑)。
bellbell ですねえ、語りつくせません。っていうかもっと観てもらいたいですよね。
オイカワ それは声を大にして言いたいね。300年後くらいの人類が見てもブレッソンには衝撃受けるぞきっと。
bellbell ブレッソンの映画がもう観られないっていうのが寂しいんですよね。
オイカワ でも、本数決して多くないけど、あれだけ作品残してくれたんだから良しとしなきゃね。「やさしい女」にしても「バルタザール」にしても、日本ではビデオやDVD出てないと思うんで、まずはそれを観られる環境作りたいね。
オイカワ さて、フランス映画というと、bellさんが選んだ中では、「恐怖の報酬」「太陽がいっぱい」がそうですね。
bellbell そうです。「太陽がいっぱい」なんて、もうお手本ですね、サスペンスの。
オイカワ 前回の恋愛映画編で、「モンパルナスの灯」の話をした時、bellさん、ジェラール・フィリップとの比較で、アラン・ドロンって暗くて陰鬱だって言ってたじゃないですか。ぼくは、二流の良さはあるって言ったけど。これなんか、まさにアラン・ドロンのそういう面が上手く出てる映画でしょ。
bellbell まさにそうなんです。彼の暗い面、どういう役を演じても消せない彼自身のパーソナリティーってのがドロンにはあって、そこが彼の魅力ではあると思うんですけど、この「太陽がいっぱい」ではそこを物語の一部に取り入れて、独特の雰囲気の映画になっていました。「リプリー」のマット・デイモンなんて観ても何も感じられなかったですから。
オイカワ 俺も「リプリー」観た後、口直しに「太陽がいっぱい」観直した(笑)。やっぱりドロンが非常に素晴らしかったですね。育ちが悪そうでね。
bellbell なんかイヤらしいんですよね。貧乏くさくて、成り上がりたいって野心もみえみえで。そこがまた同情しちゃうんですが。
オイカワ 単なる演技とは思えない(笑)。ラストも良かったんだけど、ぼくが一番印象に残ってるのは、ドロンがサインを真似る練習するところと、モーリス・ロネの仲間に勘付かれそうになって殺すところ。
bellbell ホテルの一室にこもってサインの練習するんですよね、一生懸命。ああいうドロンの姿、説得力あるんです。で、友だち殺しちゃうのも、そこまでしなくてもーって、観てて思っちゃう。でもドロン演じるトム・リプリーならそういうことしそう。そういった一時的な熱に浮かされたような(地中海の太陽のなせるわざか)そういった全体の流れのある映画です。
オイカワ 原作のパトリシア・ハイスミスって、何冊か読んだんだけど、すごく底意地悪いっていうのかな、人間の醜さみたいなものを描く作家なんですよね。ミステリーとしても上手いんだけど、本当に描こうとしてるのはドス黒いものっていう印象がある。で、アラン・ドロンはそういう原作にピッタリなんですね。これはマット・デイモンには逆立ちしても出せない部分。それで、ひとつ気になるのは、ルネ・クレマンの演出なんですよ。この映画では手際よくさばいてる印象はあります。最初にbellさんが言った通り、ミステリー映画のお手本的にね。ところが、ハイスミスの持つドス黒さみたいな部分はルネ・クレマンには出し切れてないのかなという気がした。演出がすごくスクエアな気がしたんです。ドス黒担当はもっぱらアラン・ドロンで。
bellbell ハイスミス、読んでいないんですけど、クレマンは確かに手際がいい、というか青年のドス黒い欲望を普遍的な物語として描こうとしてますよね。そこにアラン・ドロンっていう特殊な俳優が絡んで、結果的にはいい映画になったとは思うんです。あのラストシーン。ビーチに置かれたデッキチェアに座っているトム・リプリー。彼を犯人と確信した探していた刑事が ”彼を呼んでくれ” っておばさんに頼む。ドス黒い犯罪を背景に晴れやかな気持ちでくつろいでいるトム。このコントラストがすごく良くて。・・・・・・って、私小さい時ににこの映画を観て、相当ショック受けて、まだ引きずっているんでしょうね。 (笑)
オイカワ ドロンのキャラクターを上手く使うというのも、もちろん演出だから、そういう意味では非常にうまいんですよ。特殊な犯罪者を描くというのではなく、bellさんが言うように、青年の野心や欲望といった、ある種普遍的な物語に翻訳したという理解は、たぶん当たってると思いますね。青春映画として観れないこともないですから。だからこそ、この映画、今に至るまで生き残ってるんですよ。あのオチのコントラストも鮮やかでしたしね。そういえばヒッチコックの「見知らぬ乗客」、あれの原作ハイスミスでしたね。その後、たくさんの映画や小説で使われる交換殺人っていうアイデアを考え出したのは、ハイスミスって言われてます。
bellbell ははー。「見知らぬ乗客」も映画として大好きなんです。脚本はなんとレイモンド・チャンドラーが書いていますしね。映画の全体的なトーンは暗いんですけど、見所満載な映画で大好きです。観覧車とかテニスシーンとか。結構突飛なイメージの羅列する映画なんですけど、最後はヒッチコックらしいユーモアと余韻を残すラスト・シーンで。ここでも挙げようかなあってちょっと考えました。同じ原作者の映画でも、撮った監督が違うだけでずいぶん違うもんなんだなあーって、感心した記憶があります。
オイカワ ファーリー・グレンジャーに交換殺人持ちかける男がちょっと気色悪くてね。いかにもヒッチが好きそうなキャラだけど。これ、ぼくも大好きな映画なんですよ。チャンドラーはビリー・ワイルダーの「深夜の告白」の脚色もやってますね。「見知らぬ乗客」も「深夜の告白」もどっちも面白いすよ。でも、ヒッチもビリー・ワイルダーもチャンドラーの初稿に見切りをつけて、徹底的に書き直したらしいですが(笑)。
bellbell らしいですね、名前だけ。あの頃のハリウッドって、有名な作家がハリウッドに出入りしてましたからね、フィツジェラルドやスタインベック。結局あんまり使えなくて名前だけってのがパターンだったみたいだけど。
オイカワ ハワード・ホークスの映画には、フォークナーまで参加してますからね。凄いといえば凄い。
オイカワ そういえば「恐怖の報酬」にも原作あって、調べてみたらジョルジュ・アルノーという人なんだけど、この人、全然知りません。
bellbell あ、原作あるんですかー。そういえばフランスのヒッチコックと呼ばれるアンリ=ジョルジュ・クルーゾーですね。個人的には全く別物と考えてますけど、そういうもんなのかなあ。
オイカワ 実はですね、恥ずかしながら、ぼくクルーゾー版「恐怖の報酬」観てないんです。ウィリアム・フリードキン版は昔、観たんですけど。
bellbell クルーゾーって、私好きなんです。「悪魔のような女」も「情婦マノン」も、彼もラスト・シーンの達人かも。この「恐怖の報酬」はイヴ・モンタン!!! な映画です。モンタンはお好きですか?
オイカワ 素敵な男だと思いますね。ただ、50年代の若い時期のは観てないんです。一番古いのでマリリン・モンローと共演した「恋をしましょう」、あと60年代後半から70年代にかけての作品は、ポロポロと観てるかな。「Z」や「戒厳令」とかコスタ・ガブラスものやドヌーブやロミー・シュナイダーと共演した恋愛ものの印象が強いですね、ぼくは。
bellbell 私もそうなんです。あと80年代の「ギャルソン」とか「愛と宿命の泉」、それからベネックスの「IP5」。映画をたくさん観出した頃はもう中年以降だったってこともあって、この「恐怖の報酬」の時のギラギラしてエネルギッシュでクールなモンタン、印象的なんです。
オイカワ そうですか。これは観ないとな。クルーゾーは「悪魔のような女」だけ観ています。あれは凄かったっすね。かなり怖かったですよ。
bellbell 見せ方が上手いんですよね、ここらへんでヒッチコックが引き合いに出されるんでしょうけど、クルーゾーの場合は、もっと人間同士の絆や愛情、人間らしい感情を信頼している気がします。基本的にはヒューマニスト。ヒッチコックとは違います。
オイカワ そうですか。「悪魔のような女」って、「めまい」と原作者一緒なんですよね。この「恐怖の報酬」はストーリーとラストはだいたいわかってるんですよ。クルーゾー版について、細かい部分で面白いところや魅力があったら教えてください。
bellbell 私はフリードキン版は観ていないんですけど、きっと爆発しまくりなのでは?(笑) 石油発掘現場で起きた大火災をニトログリセリンの爆風で消そうっていうのは同じなんでしょうか。このニトログリセリンの威力を、運び屋に志願したモンタンらに見せるんです。ポタ・・・・・・っと一滴垂らすと ”ボン!!!” ってなる。それを見守る男たちの顔。今までエラそうだった男が急にヘタレになったり。すごくアナログでオーソドックスな表現なんだけど、子供の頃と同じ感覚で今でも観られるんです。
オイカワ 設定は一緒ですね。ニトロの爆風で油田火災を消すっていうのは。だけど、細かいところの印象が残っていない。観たのがもう20年以上前っていうのもありますが、ぼくはストーリーは忘れちゃって、細かいところはわりと覚えてる方だと思うんですが、きれいさっぱり忘れてるということは、あんまり面白くなかったんだと思います(笑)。いいなあ、子供の頃に観た印象と同じ感覚で観られるって。それはきっといい映画なんですよ(笑)。
bellbell あとね、すごいシーンがあるんですよ。トラック2台、前後に並んで走ってる。後ろのトラックにモンタンが乗ってる。この2台に載った4人、最初は反目し合っていたけど、苦しくて危険な状況を協力しあって乗り越えていくうちに、連帯感が生まれる。前を走っているトラックに載った二人の、一人はひげそっていて、故郷の話をしてたのかな、和やかな会話のシーン。そこから後ろのモンタンが乗ったトラックの様子にカメラが切り替わるんです。モンタンかもう一人かがたばこに火をつけようとマッチを擦る。と、突然爆音とともにマッチの火が爆風で吹き消される。和やかに会話していた二人の乗った前のトラック、脱輪したかなんかで大爆発して一瞬にして吹っ飛んじゃってるんです。このシーン・・・、マッチの火の消えるシーンがすごく好きです。
オイカワ ああ、いいっすねえ、それは。目に浮かぶなあ、そのシーン。今、完全に観たつもりになってます(笑)。
bellbell で、やっぱりラストシーン。4人のなかで生き残ったのはモンタン一人なんです。ニトロを油田に送り届け、一人町へ戻る。ニトロを運んだあのトラックを自分で運転して、です。町の人たちはモンタンがニトロを届けて大金を得て帰ってくるニュースを聞いて、酒場で歓喜のダンスを踊りだす。へ?と思うかもしれませんがいいんです、大仕事を成し遂げた町のヒーローが戻ってくるということで。で、そのダンスにオーバーラップするのが、モンタンの乗った帰り道を急ぐトラック。今までの緊張から解放されたモンタン、山道をクネクネ運転しちゃう。観ているほうはハラハラします、崖から落ちちゃう落ちちゃう・・・。蛇行するトラックと踊りまわる町の人々、歓喜の頂点ってところで・・・、トラックは崖下へ。
オイカワ そこで終わりですか。なるほどー、そういう見せ方なんですね。昔観てて、オチ知ってても楽しめました?
bellbell この映画はね、何回観てもモンタンが最後に死んじゃうシーンが信じられないんです (笑)。なんであれだけのことをやり遂げた男が、こんなバカな死に方しちゃうんだろうって。で、トラックが蛇行し始めると、キタキタキター!!!って感じで、あ、落ちる落ちる落ちるー!!!。結末わかっていながら楽しんで観てますねえ。
オイカワ わかりますわかります。じゃあ、今、ぼく、bellさんの話し聞いて全部観た気になってるけど、それでも楽しめますね?
bellbell これはほんとよくできた映画だと思います。今のハリウッドの超大作も、きっとお手本にしているんだろうって思うくらい、ハラハラドキドキの娯楽作品として作ってあります。もちろん今に比べたらお金はかかっていないけど、クルーゾーのサスペンスの見せ方ってのは子供が観てもわかるくらいサスペンスフル。ある意味エンターテインメント映画です。
オイカワ そうですか。じゃあ、今まで観てなかったのは逆に良かったかもしれない。これから初めて観る楽しみができてね。でも、そういう映画だったら、映画館で見たいな。リバイバル上映とかしてほしいですね。
bellbell スクリーンで観た方が面白いです。考えてみたら今のフランス映画、クルーゾーの遺伝子を持った監督がいませんねえ。
オイカワ ヒッチコックだって遺伝子受け継いだやついないと思うしね。
bellbell いろいろ ”ヒッチコックの再来” とか言われる人はいるんですけどね、やっぱりスケールが違うかなあと。
オイカワ テクニックは模倣できても、変態性までは模倣できないでしょ(笑)。何でそのテクニックを使うのかというモチベーションの部分が大切だと思うんですよ。ヒッチだって、たぶんクルーゾーだって、こういうものを見せたいというのがあって、それを実現するために新たなテクニックや映像言語を考え出したんだと思うから。ヒッチの映画観まくって、「こんな天才が既にいるんだから俺になんか映画撮れない」と思う奴の方が、よっぽどヒッチコックの遺伝子受け継いでるよ。俺とかね(笑)。まあ、それは冗談として、クルーゾー、これから楽しみにして観ます。有名な「情婦マノン」も観てないんだけど、これはビデオとかDVDはあるのかなあ。ラストだけは観たことあるんですよ、昔。何か名画紹介みたいなTV番組だったと思うけど。
bellbell 私も「情婦マノン」、映画はラストシーンしか覚えていないんです。小説の印象が強くって。でもアンリ=ジョルジュ・クルーゾー、好きです。ピカソの製作する姿と作品を撮った「ピカソ−天才の秘密」ってドキュメンタリーもすごく面白かったです。
オイカワ へー、そんなのも撮ってるんだ。面白い監督だなぁ。
オイカワ ロッセリーニにしましょうか。
bellbell 「イタリア旅行」。バーグマンですね。
オイカワ これは観ましたか?
bellbell 観ていないです。機会がなくって。
オイカワ そうですか。これは非常にシンプルな映画なんです。地味と言ってもいいくらい。倦怠期の夫婦がイタリア旅行に行くだけの話なんですね。ロッセリーニとバーグマンの映画は、何か観てます?「ストロンボリ」とか。
bellbell バーグマンの出てる映画は観ていないです。
オイカワ あえて面白いとは言わないけど(笑)、どれも凄いです。ぼくはバーグマンって、そんなにいい女優だと思わないんですよー。ヒッチコックの「汚名」とロッセリーニの映画だけが例外だと思ってるんですよ。どう思います?
bellbell バーグマン、わりといつも肩の凝る表情じゃないですか? (笑)
オイカワ そうそう。それ、うまい言い方(笑)。なんか観てると疲れる。疲れるわりには別に上手いわけでもない。中途半端なんですよね。「汚名」は、女をオブジェとしてしか見ないヒッチコックが精魂込めて撮ったんだから、そりゃ見事なもんです(笑)。最初に出たロッセリーニの作品「ストロンボリ」では、まだ肩凝る感じが残ってるんですが、この「イタリア旅行」あたりになると、もう中年になったせいもあるけど、すごく力が抜けてきてイイ感じなんですよ。
bellbell ははぁー、ロッセリーニの元へ押しかけていったバーグマンの、肉体的にも精神的にも脂が抜けた感じなのでしょうか? (笑)
オイカワ ええ、抜けてますね。ハリウッド時代には、なんというか・・・ハラペコでヨダレをダラダラ流してる感じがあったんですが(笑)、このあたりになると、もうなるようにしかならんだろという諦めで脂っこさが抜けてきてます。しっかり演技してるんですが、非常にナチュラルな感じがするんですよ、この「イタリア旅行」なんかは。
bellbell うちの父親がバーグマン死んだ時に言ってたのが、どこかの評論家の受け売りなのですが、「バーグマンは”女中顔”」だって(笑)。ロッセリーニは元々リアリズムの人ってイメージがあって、そこにハリウッド・スターであったバーグマンが押しかけたわけですが、ロッセリーニの趣向にバーグマンが方向性を変えたってことなのでしょうか?
オイカワ 女中顔!(笑)。なるほど。バーグマンが方向性変えたのかどうかは、ちょっとわからないんですが、おそらく彼女は非常に野心家だったんではないかと。ロッセリーニの作品観て感激して、夫と子供捨ててイタリアに行っちゃうわけですから。そこには才能に惚れるというのプラス“この人の映画に私出たい!”という野心があったんだと思うんですよね。ただ、バーグマンの野心がどこまでかなえられたのかは正直わかんないですね。ぼくは、バーグマンの野心なんてどうでもいいんで(笑)、「イタリア旅行」という映画が出来ただけで、ロッセリーニとバーグマン、結婚して良かったと単純に思ってますけどね。
bellbell 倦怠期の夫婦がイタリアに行くんでしたよね?そこで何か二人の間に決定的なことが起こるんでしょうか?二人の関係がどう変わるんでしょう?
オイカワ いろいろなエピソードはあるんですが、どれも決定的という感じではないんですね。小さなすれ違いみたいなもんで、どんどん溝が深まっていき、修復不可能な感じになる。離婚という話も出る。ポンペイの遺跡で抱き合ったまま遺跡になってしまった男女を見たバーグマンは、ショックを受けるんですね。そのせいかどうかわからないが、気分悪いってことで別荘に戻ろうとするんですが、その帰途で祭りに巻き込まれるんです。渋滞で車が全く動かない。それで車を降りて歩き出すんですが、凄い群集に巻き込まれて離れ離れになる。バーグマンはパニクっちゃうんです。それでダンナに必死で助け求める。ダンナも凄い必死に彼女を探して、ついに見つけて駆け寄って二人は抱き合う。そこで終わりなんです。いやあ、これには参りました。最初に観たとき、正直、これアリなのか?と思いましたもん。
bellbell それがラスト・シーンなんですかあ!驚きますが、そういう異国の地での夫婦間の気持ちの経緯とハプニングってのがこの映画のテーマなんでしょうか?夫婦間の絆というより、二人の人間の”自分探しの旅”みたいですね。
オイカワ テーマ的にはたぶんどっちの要素もあるとは思うんです。だけど、そういったテーマ自体、もうどうでもいいというか・・・(笑)。そのあまりの小細工無し加減に衝撃を受けました。みんな一生懸命チマチマ伏線張ったり、映像的な細工をしてるのに、そんなものアホらしくなるような太さなんですよ。口あんぐりです。昔、東京ドームでブライアントの特大生アーチを見たときのような衝撃でしたね(笑)。
bellbell なるほどー。その特大HR、自分にとっては、鈴木貴久(昨日亡くなりましたが)でなくブライアントが打ったということに意味があったりしますよね(妙な例えかもしれませんが)。言いたいのはあのロッセリーニとバーグマンがそういう映画を作った、ということで (笑)。バーグマンって何かに取り付かれたような顔つきをしているので、(「白い恐怖」「ガス燈」)、中年の危機という脅迫概念に怯える女性ってのはピッタリなのかもしれませんね。
オイカワ そう、ロッセリーニはやっぱりホームランバッターなんですよ。それと、いくら大した女優じゃないと思っていても、やっぱりバーグマンは、これ観ると格が違うなと感じます。だからバーグマンもホームランバッターなんです。これは冗談抜きに。もし、演技の上手い無名の女優がやってたら、全然違うもんになってたと思います。
bellbell バーグマンはロッセリーニとのスキャンダルで、もうハリウッドからはほされた状況でした。あれだけの女優ですから俳優生命の危機というのはもちろんアタマにあっただろうし、ロッセリーニとの結婚生活もその後破綻しているので、夫婦生活の危機というのも微妙に感じていたかもしれません。そこらへんももしかしたらスクリーンに焼き付けられているかもしれませんよね、人間を丸ごと裸にするロッセリーニですから。
オイカワ その通りだと思います。これ、非常にプライベートなテーマだと思うんです。だけどロッセリーニが撮ると、人間一般の話になる。そのへんのスケールというのは、やっぱりタダゴトではないなという気がします。どうも、映画ばっかり観てると、どんどん細かいことや小さなことばかりが気になって、どうしてもオタク的になってくる。そういう時にロッセリーニを観ると、目が覚めますね。物事を大づかみで捉えて、ヘタな細工せずにボワーンと投げ出すことの大切さを痛感します。世の中、あまりに近視眼的になると良いことないですからね。みんな、もっとロッセリーニを観た方がいいですよ。「イタリア旅行」はもちろん、ほかに1本というなら、ぼくは「神の道化師フランチェスコ」を熱烈推奨しときます。
bellbell 私も「フランチェスコ」は大好きです。何も考えないでフランチェスコのやることをボーっと見るだけで、自分の世俗的な欲求を恥ずかしいと思えます。 (笑)
オイカワ もちろん、神聖な映画なんだけど、観てると凄く楽しいんですよ。あとフランチェスコが可愛いんですよ。ぼくは、なぜかあれ観て超ハッピーな気分になりましたね。
bellbell そうですかー、フランチェスコっていろいろ映画になってますよね。あれらと比べたらのん気に見えるかも。 (笑)
オイカワ そうそう、のん気。最高でした。じゃあ、のん気のかけらもない「U・ボート」に行きますか?(笑)
bellbell 私、大好きです、この映画。ビデオ屋で借りてきたのがディレクターズ・カット版で、初めて長いバージョン見たんですけど、見事に引き込まれました。
オイカワ あのー、いきなりこんなこと言うのアレなんですが、今回bellさんが選んだ10本中、ぼくが観たことある作品で唯一苦手なのが、実は「U・ボート」なんですよ(笑)。
bellbell えー、苦手ですかー(笑)。私、あの質実剛健、勤勉で地味な映画に強く惹かれます。どこら辺ダメですか?
オイカワ ストーリーが苦手(笑)。異常に長く感じられたんです。あげくにあのラストでしょ。すごくイヤーな気持ちで映画館を後にしたんですよ。20年以上前、最初に公開されたときに観たっきりなんで、今観たらまた印象違うかもしれませんが。
bellbell ストーリーは・・・、というかストーリーないですよね。戦争している潜水艦の中のお話で、展開がないんですよね。ただ母国の港に戻るだけ。その潜水艦の中で、ドイツ兵の船員たちが何をしたのかって話です。それ、耐えられませんでした? (笑)
オイカワ うーん、耐えられないっていうほどではないんだけどね。ストーリーというより設定が苦手なのかもしれない。ラストが読めちゃったというのもあるし。あと、これはしょうがないんだけど、あまりに色気が無くて(笑)。男臭いっすよね、これ。
bellbell 映画の中の会話では女性の話がでてくるんですけどね。帰りを待っている恋人についてとか、「ジブラルタル海峡 (・・・だったかな?) はバージンと同じ」とか。状況的にはストイックすぎる環境で、二十歳前にこの映画を観た人生経験の乏しい高校生の私でも、”これが生き地獄なんだろうなー”ってすごく感心しちゃったんです。
オイカワ 色気が無いというのは、女っ気が無いというだけではなくて、そのストイックさが俺には辛いという部分もあるんです。いや、この映画がダメと言ってるわけではないんですよ。ダメなのはまったくもって俺の方で(笑)。質実剛健さやマジメさがきつかったのかも。あと、ぼく、若干、閉所恐怖症気味のところがあって・・・それも一因かなぁ・・・
bellbell あれはすごい映画だと今でも思ってます。また引き合いに出しちゃうけど「タイタニック」と対照的なんです。お金持ちを乗せた豪華客船が沈んでいく。「U-ボート」は国のために闘ってる一般市民がずっと沈んでいて、ゴールで浮上する。色恋は全くないですしね。
オイカワ うん、そうですね。で、浮上すると・・・。むなしい終わり方ですよね。bellさん、この映画のすごいところをドンドンしゃべってよ(笑)。
bellbell さっきもオイカワさんが言ってた閉塞感。この映画はほんと息が詰まります。潜水艦でのシーンは、ほとんどカメラは手前から奥に向かっての縦の動きしかしていないんです。しかも人物の背後から動きを追うだけ。こういう映画って他にはないと思うんですよね。
オイカワ 確かにそうですね。ウォルフガング・ペーターゼンは、これで評判になって、この後ハリウッドに行くんですが、閉塞&極限系では「エアフォース・ワン」とかも撮ってましたね。あれは、「U・ボート」に比べると緊張感は全然無かったですが。大統領強すぎて笑っちゃいました。
bellbell ハリウッド的になっちゃうとそうなるんでしょうね (笑)。「U-ボート」は全く知らない俳優ばっかで、しかも地味な展開。今では考えられないくらいアナログな戦略と兵器とメーターと演技なのじゃないかな。
オイカワ でも、ぼくの好き嫌いは別にして、確かに“生き地獄”はものすごくよく描いてると思います。ディレクターズカットってどうなんですか? かなり違うんですか。
bellbell 私も公開当時に1回観たきりで、今回見直したのですが、前半、潜水艦に乗り込む前に行われるパーティのシーンが長かったのかな。潜水艦の中のシーンはどこが長くなってたのか全然わかんなかったです。でも相変わらず登場人物の設定を細かく描写するようなシーンはなかったですね。そういう普遍性みたいのが、またいいのかもしれないけど。
オイカワ なるほどね。ラストはどう思いました?
bellbell ある意味デキすぎなんですよね。そこらへんがオイカワさん、いやなんでしょ。 (笑)
オイカワ うんそう、当たり(笑)。ぼくの好みはもっと茫洋としたものだから。だから、黒澤明の「椿三十郎」のラストも嫌い(笑)。あれ、ラスト無ければ大傑作なんだけどな。あ、関係ないか(笑)。
bellbell はは、私「椿三十郎」好きなんですよ (笑)。映画をたくさん観ていると、ある程度結果は見えている。映画の方向性はわかっちゃう。だけどそれまでのドラマの流れにどれだけ入り込めるかで、見えているラストシーンも許容できちゃうんですよね、私の場合。最後にU-ボートが帰港する。出迎える大勢の人たちと、晴れやかな顔している船員。”あ、イヤな予感・・・”。思った通りのどんでん返しと、あとに残る虚無感。船長がU-ボートが沈むのを見届けてから息絶える、とか・・・。もうすべてが一瞬にして無に帰するカタルシス、私はある意味開放感も感じられて好きでした。
オイカワ それは、ぼくも一緒ですよ。結末が見えていたとしても、そこに至る過程にずっぽり入り込んでれば、あまり意識せずにラストを迎えられるし、受け入れられる。たぶん、そこまでの過程で、ぼくは入り込んでなかったんでしょうね。あとは、どこにカタルシスを感じるかっていうのは、人によって若干違ったりしますよね。カタルシスのツボみたいなものが、ぼくの場合はちょっと変わってんのかな。自分ではごくごく普通だと思ってるんですが(笑)。「U・ボート」のラストには開放感までは感じられなかったんですよ。だけど、この映画、20年前に1度見たっきりなんだけど、不思議と色々覚えてるんですよ。苦手と言ってるくせに。インパクトは強かったんでしょうね。
bellbell 敵国の潜水艦の攻撃を受けて、U-ボートが深く沈むんです。敵の目を逃れるために、静かに深く沈んでいく。で、今まで経験したことのない深さまで沈まなくちゃならない。船員たちみんなで深度計見つめるんですね、もちろんアナログ。針がどんどん下がっていって、汗ダラダラかいて息を詰めながら見守る男たち。アナログの針の動き一つでしかも延々とこんなに緊迫感出せる映画は今じゃもうないですから。
オイカワ ああ、ありましたね。そう言えば、古典的な演出で緊迫感出すって、今じゃもう誰もやらないですよね。できないのかな。だとしたら、結構由々しき問題かも。ひとつの文化が消滅しちゃったような気もする。
bellbell 今観たら、逆に面白いと思いますよ。新鮮でしたもん。パシッてメーターが壊れたり。 (笑)
オイカワ 考えてみると、bellさん、ずーっとこういう文化遺産(笑)の話をしてません?
bellbell ですよね、最近の映画に相当不満感じているのかなあ。
オイカワ きっとそうですよ。ペーターゼンの作品では、ぼく、1本かなり気に入ってる映画がありまして、「プラステッィック・ナイトメア 仮面の情事」っていうトム・ベレンジャー主演の地味〜なスリラーなんですけどね。これ、期待してなかったせいもあるんですけど、かなり面白かったです。ペーターゼンは最新作「トロイ」ですね。なんとなく、この監督は地味な作品の方が出来がいいんじゃないかって気がしてるんで、あんまり期待してないんです(笑)。
bellbell あ、「トロイ」そうですね (笑)。映画館で予告を何回も観させられたけど、全然面白くなさそうで驚きました。絵、ばっかりでストーリーの全然見えてこない予告で。 (笑)
オイカワ ははあ、ペーターゼン、文化遺産を自ら葬り去ってしまったような・・・
bellbell 私が「U-ボート」で感じた質実剛健さは、遠い過去です、完全に。
オイカワ 寂しいですね(笑)。
bellbell でもまあ、ハリウッドに渡ったヨーロッパの監督ってのはみんなそんなもんですからね。
オイカワ 逆に、ぼくが選んだ「ナッシュビル」のロバート・アルトマンなんて、アメリカ人なのに一時期母国で全く撮れずに、ヨーロッパに渡って「ゴッホ」を撮ったりしてましたよね。
bellbell ティム・ロスのでしたっけ?
オイカワ そうです。しかもあれTV放映用作品として撮られたんですよ。80年代中旬〜90年代頭くらいのアルトマンは、本当に不遇でしたから。まあ、そのあと「ザ・プレイヤー」で復権しましたけど。どうも、「ザ・プレイヤー」以降のアルトマンってぼくにはピンと来なくって。ぼくが熱狂した70年代アルトマンとは別物のような気がしてね。bellさんはどうっすか?
bellbell 「ショート・カッツ」は結構好きですけど、わりとキレイにまとまる映画が多くなったような気がします。私が好きなのはちょっと異色な「三人の女」なんですけどね。 (笑)
オイカワ あれは面白いですよ。確か制作は「ロング・グッドバイ」の後くらいだけど、日本公開はずいぶん遅れたんですよね。「ギャンブラー」から「ウエディング」までの7〜8年間の作品がやっぱり凄いと思いますね。その中に、「三人の女」も「ロング・グッドバイ」も、そして「ナッシュビル」も入ってます。
bellbell 「ナッシュビル」、実は観ていないんです (笑)。どんな映画ですか?
オイカワ これ、観てなくても仕方ないですよ。日本ではビデオもDVDも出てないんですから。アメリカではリリースされてますけど。この映画はナッシュビルで行われるカントリー&ウエスタンの大フェスティバル、今で言うところの野外フェスですね、そこにいろんなミュージシャンや、ミュージシャン目指してる奴らや、業界関係者やら政治家やらが集まる。そのフェスが行われる数日間の出来事を描いたスーパー群像劇です。アルトマン流群像劇の最高峰だと思います。「ザ・プレイヤー」も「ショート・カッツ」も「プレタポルテ」も人がいっぱい出るけど、「ナッシュビル」の前ではまとめて吹っ飛びますよ(笑)。
bellbell カントリー&ウエスタン!絵的に想像しただけで濃い映画ですねー。アルトマン映画って、ラスト・シーン独特の美学ありませんか?
オイカワ そうですね、独特なところありますね。「ナッシュビル」は主要登場人物が24人もいるんで、いちいちエピソード話してたら、時間がいくらあっても足りない。だからラストも上手く具体的には説明できないんですよ。というのも、それぞれの人物関係とか説明しないと、ラストのことを話してもよく伝わらないと思うんです。だから、まあ、イメージだけ話すと、とにかく大混乱が起きるんです。わあ、こりゃ大変だ、どうやって収拾つけるんだ? と思って観てると、ウソのように収拾ついちゃうんですよ。見事なまでの大盛り上がりで収拾ついちゃう。後から考えると、その方法、というか、その人物が登場することでしかか収拾つかないなっていうのが良くわかるんですけどね。大悲劇が一転大ハッピーエンドになって終わるイメージですかね。よく考えるとハッピーエンドじゃないんだけど、本当にもうその終わり方しかないというラストなんですよ。何言ってるのかよくわかんないと思いますけど(笑)。ちょっと歯がゆいです。
bellbell でもアルトマンの映画のラストって、そういう感じですよね。「ショート・カッツ」もそうだし「ウェディング」も。何故か大混乱によって収拾がつく。それまでのいくつかの枝葉に別れたストーリーの結実として取っている方法なんでしょうかね。
オイカワ そうなんですよね。だけどスケールのでかさとカタルシスの大きさでは、「ナッシュビル」が一番だと思いますね。大混乱の収拾のつけ方が凄い。
bellbell どんなだろー。観てないけど聞いちゃいたいなあ。
オイカワ 聞いても、それのどこが凄いの?って思うよ、絶対。カントリー界のスター歌手がいるんです。女性歌手。美人でバラード系を歌ってる、アイドル的に人気がある歌手。彼女をずっと追っかけてるストーカー的なGIがいるんですよ。若き日のスコット・グレンが演じてるんですが。で、途中で、どうも彼女はこのGIに撃たれたりするんじゃないかなという気になってくる。で、ラスト、ステージに彼女が上がって歌いだす。フェスの目玉的な存在だから、人がブワーッと集まってるんですね。主要登場人物もみんないる。そこで、彼女は案の定、撃たれるんです。だけど撃ったのはストーカーじゃない。まじめそうなミュージシャン志望の青年なんです。彼は口うるさい母親から逃げるように家出してナッシュビルに来たんです。バイオリンケースを持って。だから当然ミュージシャン志望の青年だと思ってたんだけど、バイオリンケースに入ってたのはバイオリンじゃなくて銃だった。場内は大混乱。もう収拾つかなくなって、フェスは中止かと思ったときに、一人の女が混乱に乗じてステージによじ登ってくる。彼女は、農夫のダンナがいるもう中年って言っていいくらいの年の女なんだけど、歌手になりたくって、こちらも家出してナッシュビルに来ていた田舎者なんです。いい年してミニスカートはいててね(笑)。あとからダンナが追っかけてきたりして。で、どうも頭のネジがゆるんでるような女なんです。ホントに歌唄えるの?って感じ。その彼女がステージに猫みたいによじのぼって、落ちてたマイク拾って唄い出す、アカペラで。その歌がアメリカ賛歌みたいな歌なんです、わりとノリのいい。それで、最初は場内混乱してたけど、そのうち彼女の歌をみんな聞き始める。バックバンドも併せて演奏を始める。やがて場内大合唱。そんなラストです。
bellbell 楽しいですねー。最後の最後にステージに登場人物たちの思惑がすべて終結するんですね。やっぱり伏線張りまくりなんですか?
オイカワ あとから考えると伏線張りまくりなんだけど、そこはアルトマンだから、これ伏線ですよ!と強調するような演出はしてないんですね。わりとどのエピソードもフラットに描いてる。ラストで歌うネジがゆるんだ女を演じてるのがバーバラ・ハリスで、絶品でした。ヒッチコックの「ファミリー・プロット」に出てた。ほかの役者もみんな見事でしたよ。
bellbell なるほどね。スコット・グレンなんていいですねー、大好き。カントリー&ウェスタンってのがいいですよね、大らかな感じで。
オイカワ 若き日のジェフ・ゴールドブラムも出てました。あとはアルトマン組のジュラルディン・チャップリン、シュリー・デュバルといったあたりも。カントリー&ウエスタン界って日本でいうと演歌界みたいなもんじゃないですか。いろいろと業界ゴロやキャンペーンに利用しようとしてる政治家とか生臭いくてうさんくさい奴らがいっぱい出てきて面白いですよ。ポール・トーマス・アンダーソンの「ブギー・ナイツ」を観たとき、「あ、ポルノ界版プチ“ナッシュビル”だ」って思いましたね。ちょっとうれしかったです。若い世代からアルトマンフォロワーが出てきたのがうれしかったです。
bellbell P.T.A. は完全にアルトマン映画の影響ありますからね。群像劇っていうとアルトマンってイメージがあるんだけど、どういった決着をつけるのかが凡庸な人だと難しいと思います。P.T.A.にはアルトマンにはないセンチメンタリズムがあって、私は好きなんですけどね。
オイカワ ぼくも好きですよ。「ブギー・ナイツ」にはかなり感激しました。最新作はまだ観てないんですけどね。
bellbell 「パンチドランク・ラヴ」、私はちょっと、でした。
オイカワ あれはどう思いました?2作目の「マグノリア」。
bellbell あれも好きです。トム・クルーズ嫌いなんだけど、「マグノリア」のは好き。出てくる人間、みんな心に傷を持っていて、すさんでいるように見えてあのラスト。なんか優しいなあって思いましたね。
オイカワ あのトム・クルーズは最高でしたね。ぼくは「レインマン」の頃からトム・クルーズはいい役者だと思ってたので、あのくらいは当然という気もしますが。どうなんでしょう、あの“蛙”で賛否分かれると思いますね。ぼくは“蛙”反対派なんですけど、でも映画自体は好きでした。“蛙”の後がいいんですよね。
bellbell そういえば蛙、ですねー。1回観ただけだとストーリー追うだけで忙しくて、細かいこと忘れてました。でも蛙を使う子供っぽさが逆に愛嬌あっていいかも。
オイカワ かなり荒技だと思ったな(笑)。脱線しましたけど、「ナッシュビル」、アメリカ版のビデオかDVD買ったら、その時はbellさんにも貸しますんで。買うかどうかまだ決めてないけど。
bellbell あ、そっか。観られないんですね?現状じゃ。
オイカワ 残念ながら。ぼく、10年以上ずーっと観直したいって考えてたんですよ。アマゾンで買っちゃおうかなと思ってます。
bellbell 観たいと思ったらどうしても観たくなっちゃうし、どんな手段でも使いたくなりますよね。 (笑)
オイカワ そうっすね。人と話してるとますます観たくなる(笑)。
オイカワ いやぁ、これで20本終了ですね。
bellbell そうです。ずいぶんゆっくりしたペースで進行しましたが。
オイカワ 今回はもっとスピーディーにいくはずだったんだけどな。ほかに心残りの作品はありますか?
bellbell えーっと、なんだっけ・・・。あ、ルイス・ブニュエルの「エル」です。細かいストーリーは全部忘れましたが、ラスト・シーンだけはハッキリ覚えています。
オイカワ ぼくは、漏れた映画が9本あって、どれも心残りなんで、その9本のリストを付録で付けたいんですけど、いいっすか?bellさんのも付けない?
bellbell そうですね、あえて詳細は語らないけど、興味がある人に観てもらえれば。
オイカワ 語りだすといつまでたっても終わらないから(笑)。
bellbell まあこのテーマ、難しかったけど、とにかく何も先入観持たないでいいから観てくれってことですよね。
オイカワ そうっすね。ネタバレ多かったけど、たぶんそれでも面白いものばっかりだと、自信たっぷりに断言しときましょう。
| オイカワのリストから漏れた9本 | bellbellのリストから漏れた10本 |
| 「赤ちゃん教育」 ('38 ハワード・ホークス) | 「黄金」 ('48 ジョン・ヒューストン) |
| 「市民ケーン」 ('41 オーソン・ウェルズ) | 「エル」 ('52 ルイス・ブニュエル) |
| 「ドイツ零年」 ('48 ロベルト・ロッセリーニ) | 「情婦」 ('57 ビリー・ワイルダー) |
| 「勝手にしやがれ」 ('59 ジャン・リュック・ゴダール) | 「サイコ」 ('60 アルフレッド・ヒッチコック) |
| 「大人は判ってくれない」 ('59 フランソワ・トリュフォー) | 「突然炎のごとく」 ('61 フランソワ・トリュフォー) |
| 「盲獣」 ('69 増村保造) | 「俺たちに明日はない」 ('67 アーサー・ペン) |
| 「(秘)色情めす市場」 ('74 田中登) | 「猿の惑星」 ('68 フランクリン・J・シャフナー) |
| 「タクシー・ドライバー」 ('76 マーティン・スコセッシ) | 「ガープの世界」 ('82 ジョージ・ロイ・ヒル) |
| 「隣の女」 ('81 フランソワ・トリュフォー) | 「フィツカラルド」 ('82 ヴェルナー・ヘルツォーク) |
| 「未来世紀ブラジル」 ('85 テリー・ギリアム) |