アデル・ユーゴーは歩く。ただひたすらに歩く。
完全なる狂気に向かって歩く。死に向かって歩く。
トリュフォーはなんて単純で、なんて豊かなのだろうか。
ヒロインが絶望的な恋のため正常な精神を次第に欠落させていく過程を、たったひとつのアクションに置き換えるという知恵。
ヒロインの内面を自分のことのように理解しているはずのトリュフォーは、しかしその内面を描かない。
前半で、彼女は行動の多くを馬車に頼っている。
後半、狂気が深まるのに応じて、自分の両足だけで行動するようになる。
彼女の歩行距離はどんどん増える。
馬車から徒歩への移行が、彼女の狂気の深度にあてはまる。
トリュフォーは、まるで、目に見えることがすべてだ、と言っているようだ。
メガネ、髪の毛、衣装、そして男に妊娠と思わせるため腹につめる札束。
身にまとったものと歩くこととが絡みあい、狂気という内面に属するものが、すべて目に見えるものに置き換わる。