面白い映画教えます

浦島太郎の後裔

いびつなロングショットに作家魂感じる

1946年、成瀬巳喜男監督作品。さすがに今見ると、この話はつらいなあ。公開当時見てもつらかったんじゃないかね、これは。敗戦直後の東京を舞台に、純真無垢な男が英雄に仕立て上げられて、政党の人気取りに利用され、最後にはそれに気づきそれまでの地位を捨て真人間に戻って新生ニッポンを築き上げていくことを誓う、というお話。完全にキャプラのいただきでしょうね。『スミス都へ行く』『オペラ・ハット』『群集』なんかね。

公開当時もつらかったんじゃないかと思ったのは、演出自体がこの話を全く信用してない感じがするからなんですよ。この話じゃまともなもの撮れないよと言わんばかりの撮り方をしているように見えるんですねえ。だから非常になげやりな感じがする。調べてみたら公開が1946年3月28日。GHQの検閲は当然始まっていたわけで、企画通すためにかなり自主検閲した節が見られます。自主じゃないかもしれないけど。ラストの「新生日本に真の民主主義を根付かせていこう」とか何とかいうセリフなんて、成瀬自身絶対に信じていない言葉でしょ。

そうすると細かいところを観て何か発見するかしかない。ワンカットワンカットをどういう風に撮ってるか、特にカメラを人物に向けた時の、成瀬ならでは!という部分がどのくらい残っているかを仔細に観ました。そうやって観ると面白かったですよ。たとえば、高峰秀子にカメラを向けた瞬間、やっぱり映画自体が輝くなあ、とあらためて思ったり。

あと、特に印象に残ったのは、ロングショットのアングルですね。ロケでもセットでも、画面の上半分を異常なまでに空けてるんですよ。空けるというのは、つまり引いた画面に人物が立ってたり、歩いてたりする時、その人物の頭の上にものすごくスペースをとってる。そんなにスペースとらなくていいだろ、というくらいにね。特にセットで顕著でしたね。これ何なんだろうな。地面を映したくなかったのかな。でもロケでは結構映してるしなあ。

いろいろ考えてみた結果の仮説は、戦後間もない時期で、お金も無くってセットに予算かけられないから、かなり簡素なものを作ったのではないかというもの。室内でロングショットを撮るとき、人物の上と下にバランス良くスペースをとるためには、床もかなり手前まで作り込まなきゃいけない。より広い面積のセットを組む必要があるわけですね。それができる状況じゃなかったので、床をあんまり映さないために、必然的に上の方が異様に空いてしまったのかな、と。総じて、セットシーンは画面が暗く光量が少ない、というあたりを見ても、この予算無い説は、けっこうつじつま合ってる気もするんですが。

じゃあ、ロングショット撮らなきゃいいだろう、とも思うんですが、成瀬はやっぱりロングショットを撮りたかったのではないでしょうか。信用できない話を、手法も限定されるようなしんどい状況下で撮ることに対して、ここだけは譲れない!という成瀬の意地が、この奇妙なロングショットに表れているのではないか。成功作とはいえないこの作品のロングショットにこそ、成瀬の作家性が表れているのではないか。うがった見方かもしれないけど、そんなことを考えました。

でも、予算無いって言っても、特撮使ってるんだよね。円谷英二担当で。そっちに予算とられたのかね。

ロケシーンでは戦後すぐの東京の様子が観られて、史料価値高いです。国会前のロケなんて、こんなだったのかよ、と驚きました。映画後半の国会前での、高峰秀子と中村伸郎のシーンは良かったですね。成瀬らしらにあふれてましたよ。

(オイカワ)